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blog「蛸々眼鏡」で戦前大阪の風を見る
●当館は、大正から昭和初期にかけ、玩具と民間信仰との深い関係性にも焦点を当てて郷土玩具収集を行った尾崎清次氏(1893~1979)から戦前の資料を多数受け継いでいます。先日、尾崎清次コレクションの未整理文献類を調べ直していましたら、当時、尾崎氏と交流があった大阪の郷土玩具収集家・岸本五兵衛氏(1898~1946)が「子壽里庫叢書(ねずりこそうしょ/❝ねずりこ❞はおしゃぶりのこと)」として制作した『異国虎玩具図絵』(昭和13年刊)や『貯金箱』(昭和15年刊)に加え、今回、『子壽里庫叢書壱編 天王寺の蛸ゝ眼鏡』(昭和12年刊)が見つかりました。これらは岸本氏が神戸市住吉の自宅を舞台に開催した園遊会の記念冊子として刊行されたもので、それぞれ数百部の限定出版です。
●「蛸々眼鏡(たこたこめがね)」は、大阪市天王寺区の四天王寺境内で彼岸のころに行われていた大道芸に用いられたものといいます。その大道芸とは、一人の翁が張りぼての蛸を頭からかぶって独特の踊りを演じ、やがて二人の男が玩具の剣を振りかざしつつ、張りぼての馬の首とお尻を腰の前後につけて剣劇を演じる、さらに恵比寿の被りものをつけ、釣り竿の鯛をもったもう一人が二、三回足踏みして一幕が終了する、というような長閑でユニークな一部始終。——―このとき、「とうさん、ぼんさん、眼鏡をお目々にしっかりつけて、ハイヨウ蛸ぢやいな、蛸ぢやいな」と剽軽な呼声で子供達を集めて、一回三銭の見料で万華鏡を渡すのです(『子壽里庫叢書壱編 蛸ゝ眼鏡』による)。
『子壽里庫叢書壱編 天王寺の蛸ゝ眼鏡』より
●その万華鏡が「蛸々眼鏡」と呼ばれていました。木製のラケット型に12面ほどにカットされたレンズをはめ込んだもので、レンズがくるくる回る仕掛けのついた蛸々眼鏡もありました。眼鏡を通して大道芸を見ると、陽光にきらきら輝きながらたくさんの蛸、たくさんの馬乗り武者、たくさんの恵比寿が躍っているのが面白く、子どもはもちろん、大人たちもこぞって、蛸踊りに夢中になったというから、可笑しみ満載の風景です。境内では覗きからくりや猿芝居、ヤマガラの芸当、竹鳴りゴマなど、いろいろな出し物があったなかで、蛸踊りは最も人気が高かったといいます。
●大阪出身の洋画家・小出楢重(1887~1931)も、「春の彼岸とたこめがね」というエッセイのなか、故郷と戦前の風景への郷愁をこめ、画家らしい感性でこの大道芸のことを語っています。――「この眼鏡を借りて、蛸退治を覗く時は即ち光は分解して虹となり、無数の蛸は無数の大将に追廻されるのである。蛸と大将の色彩の大洪水である。未来派と活動写真が合同した訳だから面白くて堪らないのだ」と。(随筆集『めでたき風景』所収/昭和5年・創元社刊)
(昭和5年/宮尾しげをデザイン)当館所蔵
●また、昭和5年庚午歳の年賀状にこの蛸々眼鏡を通してみた馬乗り武者の絵が残されています。送り主の芳本倉太郎氏も送られた村松百兎庵氏も「浪華道楽宗」に属する大阪きっての趣味人たちです。この年賀状版画に「しげを」のサインがあることから、漫画家・宮尾しげを氏の作であることがわかります。表書きの下部には、「大阪名物タコタコ」として大道芸の様子が楽しく紹介されています。なんとユニークなデザイン! なんと斬新かつ、ぬくもりの伝わる年賀状でしょうか!
●岸本五兵衛氏は、蛸々眼鏡と蛸々大道芸に郷土玩具の世界にも通じる童心と大阪庶民文化の豊かさをしみじみ感じとったようで、この芸にまつわる文献を調べ、当時の大道芸の家元・船木嘉吉翁に取材をしています。岸本氏の聞き取りによると、蛸々眼鏡はオランダから渡来したものらしく、これを興行に用いたのは50年ほど前から(明治中期の1880年代ころ)で、阪田清吉が元祖。阪田の没後、一座に居た船木翁が引き継ぎ、細君と二人の座員とともに続けてきたということです。
●ただ、これは大阪のみで知られていたのではなく、明治末期ごろは姫路でも行われていたとか。さらにさかのぼって、明治17年の東京伊勢勝板の刷り物に、飴売りが蛸とおかめの操り人形の前で眼鏡を子どもに渡して見せている絵が残されているので、東京でも一時は知られていたのではないかと岸本氏は推測しています。
『子壽里庫叢書壱編 天王寺の蛸ゝ眼鏡』より
●当館は「蛸々眼鏡」を1点所蔵しており、現在、2号館の常設展に明治末期の資料として展示しています。『天王寺の蛸ゝ眼鏡』やその他の文献によって、明治末期には確かに存在していたことは確かですが、この眼鏡の製作年はもう少し時代が下り、大正末から昭和初期にかけてかもしれません。もう少し調べる必要があります。
●蛸々眼鏡を手に郷土玩具を順番に眺めてみると、百年ほど前の大阪人士が愛したのどかな楽しみが伝わってくるようです。下の画像は、三重県伊勢の郷土玩具「練物の蛸」を蛸々眼鏡を通して見たところです。12にカットされた玉面に蛸の目玉がいっぱい!! 眼鏡を玩具の蛸に近づけたり、遠ざけたりしていたら、何かしら、2025年開催予定の大阪万博のキャラクター「ミャクミャク」にも見えてきました。確かに「ミャクミャク」は、脈々と受け継がれる大阪の風を伝えているのかもしれませんね。――ちょっと無理があるでしょうか(笑)
●当館所蔵の岸本五兵衛氏の子壽里庫叢書は、近い将来、お申込みによって広くご覧いただけるようにできればと思っています。
(学芸員・尾崎織女)
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