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学芸室から 2023.04.24

甲冑飾り細見~「端午の節句~幕末から昭和の甲冑飾り」展より

中庭の草木が桜色から、純白へと移り変わり、季節は初夏へと動いていきます。燃え始めた若緑のなかで、大手毬や白山吹、莢蒾(ガマズミ)、鎌柄(カマツカ)、射干(シャガ)、宝鐸草(ホウチャクソウ)などの白い花々がさわやかです。

当館では去る日曜日の夕刻から4日間をかけて、6号館西室とランプの家を恒例の「端午の節句展」へと展示替えいたしました。今回は、緑色毛氈の上に勇ましい幟旗を並べ、幕末期から昭和初期に、主に京阪神地方の町家で親しまれた「飾り甲冑(兜と鎧)」をずらりとご紹介しています。男児の誉れとして本物の甲冑を飾る風習は、武家で発達したものですが、江戸時代に入ると、庶民もこれを真似て甲冑飾りを用いるようになり、徐々に様式が整えられていきました。

子どもの節句を祝う小型の甲冑飾りとはいえ、ご来館者の中には、あまりの勇ましさに気圧される方もあるようです。また、革を短冊状に細く断った小札(こざね)やそれらを結びつなぐ縅(おどし)の緒の彩りは違えど、全体として同じように見えてしまいがちなのかもしれません。

明治時代の甲冑飾り展示風景

けれども、一点一点の部分を丁寧にご覧いただくと、それぞれの甲冑に施された意匠の美しさや意味深さに気づいていただけることでしょう。まずは、甲冑の主だった部分の名称を記します。

そうして、甲冑の部分の名前を確認しながら、幕末から明治前期にかけての展示品の細部に目を凝らすと、兜の前立の飾り金具、また、鎧の胸板や脇板、鳩尾の板や草摺の菱縫板、脛当などの本金鍍金や漆塗で細工された文様の華麗さに驚かされます。一部ですが、画像でご紹介してみます。

いかかでしょうか。剛健な甲冑のなかに、繊細で華麗な意匠が数多く用いられていることに気づかされます。―――中国渡来の「唐草」は、蔓草の茎や葉が絡み合い、蔓を伸ばしていくように曲線を描くもので、生命が途切れることなく伸びていく生命力を象徴しています。「宝相華(ほうそうげ)」は、古来、仏教的な文物に多く用いられる装飾的文様で、空想の花々の美しさと命の強さを表現しているようです。「波」は、果てしなく寄せては返す波の躍動感と永遠性を表す文様。「蜀江」は、八角形と四角形を途切れることなく一面につなぎ合わせた中国渡来の文様。これらがすべて合わさって、永遠、不滅、守護などの意味が甲冑に与えられています。「日輪に雲」の日輪は、武士の守護神として尊崇を集める摩利支天を象徴すると考えられて、兜の前立に繰り返し用いられてきました。

また、甲冑の各所には龍や獅子など、の動物を題材とする飾り金具が用いられています。兜の前立には龍頭がつけられることが多く、時には如意宝珠(意の如く願いがかなえられる玉)を握りしめた龍も見られます。中国では、農耕に重要な水を司るとされる龍は、皇帝の象徴と崇められてきましたが、日本では、不動明王が右手に持つ倶利伽羅剣は炎の龍の化身とされ、武家社会においての龍は戦の神、武士の守護神であったと思われます。一方、胴板に付けられた「獅噛(しがみ)」は、眉根を寄せ、牙をむき、憤怒の形相をした獅子を表す伝統的な造形で、悪鬼を威嚇する力が込められています。―――このように、甲冑飾りの部分と全体の造形的なバランスや色調だけでなく、装飾的な飾り金具にも甲冑師の技と知見が込められていますので、一歩近づいて意匠の美しさをご覧いただきたく思います。

(学芸員・尾崎織女)

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