日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

Language

ブログ

blog
学芸室から 2023.08.14

戦前の琉球玩具たちが里帰り~浦添市美術館「なつかしの日本の郷土玩具展」

お盆の真っ最中。館内には家族連れでご来館される皆さんの楽しいざわめきが広がり、朝から玩具博物館らしい活気にあふれています。ウィズ・コロナ4年目ともなり、土日曜日はワークショップやおもちゃ講座、解説会などの催事などもにぎやかに再開しましたが、平日のバックヤードでは、館内外の収蔵場所から郷土玩具を集めてきて、展覧会準備の作業に忙しくしています。沖縄県の浦添市美術館からご依頼を受け、来る9月17日より始まる「なつかしの日本の郷土玩具展」に全面協力することとなったためです。
浦添市美術館公式サイト → こちら

本展は、近世から近代にかけての日本の手遊び文化の姿を今に伝える玩具を取り上げ、それらの造形感覚や美意識に焦点を当てるもので、「日本の郷土玩具~北から南へ」「戦前の琉球玩具の世界」「日本の郷土凧~古今東西ふるさとの凧、大空の共演」の3つの柱で構成します。16世紀から現代までの優れた琉球漆器を専門とする浦添市美術館の3つの展示室に、総数約500点の玩具資料を広げたいと思っています。

戦前の琉球張り子 手前は闘鶏(タウチ―)旧尾崎清次コレクション 昭和5~6年製

特に、第二展示室にご紹介する「戦前の琉球玩具」の数々は非常に貴重なもので、長い時を経て、沖縄へ里帰りさせることが叶い、非常に嬉しく思っています。昭和20(1945)年、太平洋戦争の戦場となり、連合国軍、日本軍、そして民間の人々合わせて、20万人もの尊い生命が失われた沖縄戦(=ウチナーいくさ)によって、沖縄が伝えてきた琉球の生活文化の多くもまた激烈な打撃を受けたため、沖縄県内には戦前の琉球玩具はほとんど遺されていないのです。当館は、井上重義館長の玩具収集仲間でもあった田中明氏のご遺族から寄贈を受けた戦前の琉球玩具20件に加え、大正時代から昭和時代初期にかけての郷土玩具研究家であり、小児科の医師であった尾崎清次氏のコレクションを受け継いでいるため、総数約70件の琉球玩具を所蔵しています。

琉球張り子・踊り人形(モーヤーブトゥキ)友寄隆和作 昭和5~6年製

本ブログでも度々、ご紹介してきましたが、尾崎清次氏のことを少し詳しくお話ししたいと思います。尾崎清次氏(1893~1979)は愛知県生まれ。大正6(1917)年、京都府立医学専門学校(現京都府立医科大学)卒業後、京都帝国大学医学部小児科教室に勤務されていましたが、大正10(1921)年、神戸の児童相談所に神戸市技師として転勤されます。その翌年、新婚の奥さまとともに和歌山を訪れた折、祠に供えられていた「桃持ち瓦猿」(和歌山市の郷土玩具)の❝素朴の美❞に打たれ、また玩具が宗教と深い関わりをもっていることに目を開かれて、郷土玩具への関心を深められたといわれます。
大正13(1924)年から15(1926)年にかけて、『日本土俗玩具集』(全五編)を刊行。昭和4(1929)年、笠原道夫博士(1883~1952)が笠原小児保健研究所を開設すると、その研究員となって『育児上の縁起に関する玩具図譜』全三巻(1929~31)を上梓されます。さらに、昭和4(1929)年には朝鮮、昭和7(1932)年には沖縄を訪問し、その成果を昭和9(1934)年の『朝鮮玩具図譜』、昭和11(1936)年の『琉球玩具図譜』にまとめておられます。もともと画家志望であった尾崎氏は絵画を能くし、図譜の玩具絵は自身の手によるものです。画友の春村ただを氏の協力によって木版手摺印刷がなされ、それぞれの作者や玩具が売られる場面、また玩具の造形が示す寓意や縁起についても詳しく解説が加えられていますので、後進の私たちにとって得難い情報源ともなっているのです。

『琉球玩具図譜』(尾崎清次著)の「第十五図 牛」と類似の張り子牛 旧尾崎清次コレクション

当館は、尾崎清次氏が遺された『琉球玩具図譜』を所蔵し、尾崎氏のご遺族から寄贈を受けた品々のなかには、図譜の題材となった玩具も含まれています。戦前の沖縄では、子どもの節句を祝う旧暦5月4日の行事「ユッカヌヒー」の前後数日にわたって、各地に盛大な玩具市が立ちました。市には、ハーリー船競技に登場する船を真似た玩具、起き上がり小法師(ウッチリクブサー)や動物の張り子玩具などをぎっしり並べた露店がひしめき、子どもたちにとっては夢のような世界だったそうです。その玩具のほとんどは魔除け、厄除けなどの意味を持ち、子どもの健やかな成長を願うものでした。
特に、張り子玩具は、全体的に落ち着いた印象を持ちつつも、細部の彩色には黄や紫、紅色などの琉球らしい色使いが魅力的。人形の衣装には琉球伝統の染色技法「紅型」を想わせる色付けと文様が浮き立ち、髪型や装飾品、また持ち物などにも細やかな作り込みがなされています。

紅型による染を思わせる衣装に身を包んだ張り子人形・ジュリ馬踊り 矢賀宗友作 昭和5~6年製 旧尾崎清次コレクション

浦添市美術館展では、これらを公開し、沖縄の方々に戦前の人々が愛した玩具の姿に親しんでいただければと思います。第一展示室において、日本各地の郷土玩具を見つめていただいた上で、第二展示室の琉球の伝統玩具を一堂にご覧いただくことで、戦前の生活文化のあり様にも触れ、沖縄の玩具文化発展における一つの道しるべになればと願います。詳しい展覧会情報につきましては、今しばらくお待ちくださいませ。

(学芸員・尾崎織女)

バックナンバー

年度別のブログ一覧をご覧いただけます。