人形にみる子育ての習俗~イエスさまのおくるみ~ | 日本玩具博物館

日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

Language

ブログ

blog
学芸室から 2014.10.27

人形にみる子育ての習俗~イエスさまのおくるみ~

日本を代表する郷土人形といえば、「こけし」をあげる方は多いでしょう。こけしは、ご存知のように東北地方各地の木地師がロクロをまわして作る木製人形で、ずいぶん昔から温泉場土産として子どもたちに愛されてきたものです。手も足も省略されたシンプルな形ですが、“とてもかわいい!”と近年、若い世代の人気を得、また、海外でも、その斬新なデザイン感覚が注目を受けて“アート”としての評価が高い人形です。
明治時代末期の写真を見ると、着物をきた少女がこけしを布団で包んで背に負い、赤ん坊のようにあやしています。目も口も描かれない白木の小さなこけし(岩手県花巻のキナキナ)は、赤ん坊のおしゃぶりとして使われていたと言われています。今では飾り棚に収まったこけしたちですが、百年ほど前は、まぎれもなく、女の子の遊び相手でした。

こけしとよく似たヨーロッパのロクロ挽木製人形

さて、こけしとよく似た木製人形は、チェコ、オーストリア、イタリア、フランス、イギリスなど、ヨーロッパ各地で作られています。
中でも、ドイツ南部のベルヒテスガーデンで作られる「ドッケ」と呼ばれる郷土人形は非常に有名です。こけしのように、丸い頭部と胴部だけのシンプルな造形に、特徴的な彩色がなされていますが、私がこのドッケを初めて手にしたとき、疑問に思ったことがあります。それは、西洋において人形といえば、大昔から「手足が動くこと」が基本であるところ、ドッケに限って手足が見られないのはなぜだろうか、ということでした。

その答えは、キリスト教絵画の中の幼子イエス=キリストにありました。例えば、17世紀、フランスの画家、ジュルジュ・ドゥ・ラトゥールの『聖アンナと幼児キリスト』『羊飼いの礼拝』などを観ると、赤ん坊のキリストは、巻き紐の産着に包まれています。産業革命以前のヨーロッパにおいては、生まれたばかりのみどり児は、生後半年から一年近くの間、柔らかい布で包まれ、その上から亜麻の紐によって、手足も一緒に全身をぐるぐると巻かれていました。赤ん坊の身体を保護し、四肢を整形するためとも、その魂が不安定な小さな身体から抜けだし、あの世へと旅立っていくことを畏れたためとも考えられています。

紐の巻き方には、螺旋をつくってしっかり巻く方法と、交差させながらゆったりと巻く方法がありました。ベルヒテスガーデンのドッケは、花模様が散りばめられた青いおくるみの上に交差状に巻かれた赤い紐が描かれています。17世紀、赤い紐が好まれたのは、「赤」という色に、ペストや麻疹(はしか)などの伝染病を除ける霊力があると考えられたためですが、日本においても、かつては赤い玩具や人形が病児に贈られていたことが想起されます。

子守人形(チェコ)――背中から出ている糸をひくと母親が赤ちゃんをあやす動作をする

チェコの首都プラハ城博物館で復元された19世紀の子守人形は、母親あるいは乳母の背中の糸を引っ張ると、両手を上げ下ろして赤ん坊をあやす仕草をする仕掛け玩具ですが、赤ん坊の様子を見ると、おくるみの上に赤い紐が巻かれているのがわかります。ヨーロッパ近世の習俗をよく映していますね!

ヨーロッパの人形愛好者にこけしをプレゼントすると、「うわぁ、かわいい。日本のベビーですね?」と問いかけられます。こけしは赤ん坊?! ―――いいえ、こけしは、見る人によって、赤ん坊にも少女にも、そして大人の女性にもなり得ます。なぜなら、こけしは、身体を布で巻かれた赤ん坊を表現したものではなく、人々の姿をどこまでも単純化 した造形だからです。こけしの中の省略する造形感覚が、欧米の方々をして、これはアートだ!と言わしめているのかもしれませんね。

クリスマスの幼子イエスの姿にも

先週末、日本玩具博物館恒例の世界のクリスマス紀行展がオープンしました。今回はヨーロッパやアメリカだけでなく、アジアやアフリカのクリスマス造形についてもコーナーをもうけています。ご来館の方々には、例えば、「キリスト降誕人形」を地域ごとに見比べながら展示室をまわっていただくとおもしろいと思います。
これは、ベツレヘムに誕生したイエスと見守るマリアとヨゼフ、お祝いにかけつけた羊飼いや動物、東方の三博士などの人形によって、降誕の場面を箱庭風につくるものですが、世界中のカトリックの家庭を中心に広く行われているクリスマス飾りです。

アフリカのキリスト降誕人形の中、幼子イエスに注目して観ると、南アフリカのジンバブエで作られるビーズ細工の幼子イエスや、ケニアで作られるバナナの皮細工やきびがら細工の幼子イエスは、おくるみで巻かれた姿で描かれ、ヨーロッパ中世・近世の習俗を想わせます。
エチオピアから届いたイコン(聖像)に描かれた幼子イエスもまた布に包まれています。これは、あるいは、聖書の中、御使いたちが羊飼いに告げた言葉――あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ておられるみどり児を見つけます。これがあなたがたのためのしるしです――を表現しようとしたから、と解釈すべきでしょうか。

小さな小さな造形でありながら、それらが生みだされた地域、宗教の世界、あるいは過ぎ去った時代の子育ての習俗をしっかりと表現しているところなど、すばらしいではありませんか! すなはち、造形物を手に「なぜ、この形をしているの? なぜ、この色に塗られているの?」と疑問をぶつけてみると、少しずつ気付かなかった世界が広がっていくということでしょう………。

「世界のクリスマス展」2014

第29目のクリスマス展は、開館40周年の思いを込めて展示いたしました。これまでで最もにぎやか、かつ厳かな雰囲気に仕上がっています。ご来館をお待ち致しております。

(学芸員・尾崎織女)

バックナンバー

年度別のブログ一覧をご覧いただけます。