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館長室から 2016.05.01

特別展「端午の節句~京阪地方の武者飾り」から

ゴールデンウイークの真っ只中です。新緑の季節になり、当館も緑に覆われました。

白壁に映えるオオデマリ満開

6号館では先月23日から特別展「端午の節句~京阪地方の武者飾り」が始まりましたが、西室での展示です。東室では御殿雛の展示が継続しており、明治から昭和初期にかけて、京阪神の裕福な家庭で、女児と男児の健やかな成長を願い、雛祭りと端午の節句に飾られた人形の数々が一堂に並びました。
内容からいえば明治や昭和初期に京都や大阪・神戸の有名な人形店で販売された、当時の最高クラスの雛や武者人形などです。ご覧になられた方は、「こんなすばらしい雛人形や武者人形や甲冑飾りを見るのは初めてです」と、感動のお言葉を再三いただきます。これほどの資料が一堂に展示されるのは国内でも珍しいと思います。

一昨日はオーストラリアから、当館のことを英文雑誌で見たと来館された青年が、端午の節句飾りをご覧になり、「こんなすばらしい展示を見たのは初めて、来てよかった」と感動されました。本日もまたイタリアから女性が来館され、「すばらしい展示に感動しました」とうれしいお言葉をいただきました。両名とも、大きなリュックを背負っての一人旅です。日本各地を回る途中に交通至便とはいえない当館に、わざわざ立ち寄って下さったのです。本日も数組の外国人来館者があり、このところ当館も外国人が目立ちます。

展示中の甲冑飾り(左と中央:大阪のひなや友七製、右:京都の大木平蔵製)
展示中の武者飾り・応神天皇と武内宿禰

国内も全国から、わざわざ来館下さる方が多いのです。一昨日は朝の9時前、駐車場に練馬ナンバーの車が止まり、お尋ねすると当館が目的で来館下さったことがわかり、開館時間前でしたが入館いただきました。そして昨日も福島県いわき市からご夫婦がマイカーで来館になり、「楽しみでちりめん細工を作っています。来たかったのが念願かないました。すばらしいです」と嬉しいお言葉をいただきました。ちりめん細工を作られる方にとって、当館がメッカ的な存在になりつつあるようです。

博物館にとって大切なことは、「来て良かった」といわれるための魅力的なコレクションの形成です。開館以来、その充実に取り組んできました。成功例の真似ではなく、当館でないと見ることができないコレクション群を構築するために歳月をかけ、全力投球で頑張ってきたのです。それが輝いてきました。


当館では開館当初、雛人形や端午の武者飾りは庶民が飾った土人形や張子人形などの郷土玩具が中心で、全国から集めていました。高価な衣装雛や武者飾りの収集は対象外でした。その流れが変わったのが1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災です。2月にはいると被災地の文化財救出活動が本格化しましたが、対象は「文化財として認知されたもの」で玩具や人形などは対象外と知り、当館の使命からもそれらの救済を検討。4月から被災地の節句人形の引き取り活動を行いました。その過程で知ったのが上質の雛人形や武者飾りなどが、文化財として認知されていない現状でした。以来、当館では裕福な階層の家庭で飾られてきた雛や武者人形の収集に取り組んできました。結果として、明治時代から昭和初期にかけて京都や大阪で作られ、京阪神の裕福な家庭で飾られた豪華な御殿飾りが20数組も集まりました。寄贈品が大半ですが驚くような資料が集まってくるのです。今年になっても大阪の帯屋源兵衛家が所蔵されていた桧皮葺の立派な御殿飾り(谷本要助製)の寄贈を受けました。


端午の節句に飾られた江戸や明治期を中心とする甲冑飾りも20年前から精力的に収集してきました。これらは寄贈で集まることは少なく、目に留まったものを購入し、約50点を収蔵しています。それが先月、神戸から大正末期のすばらしい座敷飾り一式(今月のおもちゃ参照)の寄贈を受けました。結果、国内でも屈指といえる端午の節句飾りコレクションが構築できたのです。
甲冑飾りは飾ることを目的としてプロの手で作られたものです。実用品の甲冑と比べると、豪華で繊細で美しいのです。しかしこれらが文化財として評価されることはありませんでした。オーストラリアから来館された青年は、この甲冑飾りのすばらしさに感動されたのです。
来年の端午の節句には、所蔵の江戸から昭和初期までの甲冑飾りの展示を考えています。

(館長・井上重義)

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