日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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館長室から 2013.04.01

播磨国総社の三ツ山大祭にあたって

春爛漫の季節になり、当館の庭の花々が一斉に咲き始めました。しばらくは来館者の皆様から、展示品だけでなく庭の花々もすばらしい、心を癒されましたと感謝のお言葉がいただけそうです。特に今年は4号館2 階の東の窓から見るコブシの花が見事です。続いて利休梅の白い花、それに西の窓からは真っ赤な花桃の花がまもなく見ごろを迎えます。 

4号館2階の東の窓からコブシと利休梅の花が美しい。

姫路の播磨国総社では昨31日より、20年毎に開催される三ツ山大祭が始まりました。4月7日まで開催中ですが、このお祭りは神社の前に高さ18m、直径10mもある置き山が3基造られ、山上にある社に神々をお迎えする500年の歴史を有する全国でも珍しい祭りです。お参りすれば八難苦厄が払われるとあって大勢の参詣で賑わっています。

巨大な三ツ山の置き山

さてこの置き山を模した玩具が、古くから作られたことが郷土玩具の文献に記録されています。昭和7年刊の『おもちゃ画譜』には「大正2年11月1日より7日間行われた三ツ山大祭のとき付近で売られたもので、高さ台車とも4寸5分、台の幅3寸5分、台の長さ9寸、三山とも張り抜き胡粉塗り、頂上の社は木片に銀塗り、屋根は厚紙に金塗り・・・三山とも緑青と茶にて松模様が描かれている。・・・何れも子供の遊びものとして作られたものである。」とあり、恐らく姫路の張り子屋が作り、露店などで売られたものと推測されます。幸いなことに、当館は同書にイラストで紹介されている三ツ山と同じ絵柄の貴重な実物を尾崎コレクションとして所蔵しています。三ツ山の玩具はその後は作られなかったようです。

大正2年の三ツ山の玩具

昭和38年から郷土玩具の調査研究に取り組んでいた私は、同書で三ツ山の玩具を知り、大きな置き山を子どものおもちゃにした着想や、全国的にも例がない祭り玩具であることから、何とか復活できないものかと考えました。当時、総社の荒木宮司さんとは懇意であったことから、姫路張り子の松尾さんに張り子で置き山を作っていただき、私が彩色したものを車付き台に載せたのを昭和40年頃から総社で授与するようになったのです。その後は松尾家に作っていただき、昭和48年の三ツ山大祭でも売られましたが、現在は残念ながら授与されていないようです。

昭和40年頃の三ツ山の玩具(高さ10cm)

この度の三つ山大祭にあたって思いついたのが、ちりめん細工で三ツ山を作れば祭りの記念としてもふさわしいものになるのではないかと考えました。そんな折、総社近くにお住まいでちりめん細工講師の清元瑩子さんから、三ツ山を作りたいとの話が出て、清元さんと試行錯誤の結果、完成したのが写真のようなすばらしいちりめん細工の三ツ山です。去る2月中旬には当館ちりめん細工研究会でご指導いただき、全国から参加された50名の会員が制作技法を習得されました。その後、東京・大阪・北九州で、ちりめん細工の三ツ山の制作講座が開催されました。20年に1度の祭礼が、ちりめん細工によって身近な存在に蘇りました。
清元様制作の三ツ山一は播磨国総社に奉納され、神社からお礼の言葉がありました。(井上重義)

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