日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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館長室から 2010.09.25

日本の祭りを総覧できる楽しい展示 

当館の東に広がる田んぼも稲刈りが終わり、広々とした空間が広がりました。夏からの猛暑続きの日々も去って爽やかな季節になり、彼岸花も咲き始めました。当館のある播州地方では、10月中旬から下旬にかけて各地で秋祭りが行われます。そんな祭りの季節に因み、1号館で企画展の「玩具に見る日本の祭り」が始まりました。

3年前にも祭りに関する展示を行いましたが、その後に新しく収蔵した資料も加わり、内容の充実した楽しい展示になりました。青森から九州まで、各地の祭りに出る山車、屋台、獅子頭、お面などが一堂に並び、日本の代表的な祭りが総覧できる見応えのある展示です。なかでも現地でも見ることが出来ない大正や昭和初期に作られた貴重な祭り玩具の数々は、このようなものがよくぞ今日まで保存されたものだと感動されるでしょう。展示品の祭り玩具たちは各地の祭りの特色を浮かび上がらせ、屋台や山車などの歴史や流れを語りかけてくれます。
祭り好きの方にはぜひご覧いただきたい展示です。

上段左から堺の布団太鼓・昭和初期/淡路のダンジリ/播州の屋台/観音寺のチョウサ
下段左から神戸市海神社のダンジリ・昭和初期/播州の屋台・昭和初期/香川坂出のサシマショ/長崎の太鼓山・昭和初期

当播州地方で有名なのは灘のけんか祭りです。当地独特の豪華な神輿屋根をした屋台と呼ばれる太鼓台の練合わせですが、他にも規模は違いますが同様の神輿屋根の屋台がこの周辺では各地で担ぎ出され、来月10日には当館の周辺でも屋台が町内を巡行します。しかし播州地方の全ての祭りに神輿屋根の屋台が出るわけではなく、姫路市東方の高砂市の曽根神社や明石市内の神社、神戸市の海神社、三木市の神社などでは神輿屋根ではなく布団屋根の太鼓台が担ぎ出されます。
太鼓台を目にすることがない東日本の皆様は、同じ担ぐという点から神輿と混同される方が多いのですが、神輿はご神霊を運ぶもので神社が所有し、時代による大きな変化はありません。しかし太鼓台は地域の氏子の所有物であり、太鼓とそれを叩く乗り子を乗せて練り歩き、祭りの賑わいを盛り上げる役割をしています。それに町内対抗的な側面もあり、他町に勝るものをと豪華絢爛になっていった歴史があります。

太鼓台は恐らく江戸後期に大阪で誕生し、それが瀬戸内の海運を通じて長崎まで広がっていったのでしょう。1837年から30年をかけて当時の風俗について執筆された喜田川守貞著の『近世風俗志』には大阪の太鼓台が神輿太鼓として図示されています。

布団太鼓や屋台の実物は40~50人以上で担ぐ巨大な造形物ですが、玩具はそれを子供たちが遊ぶように小さくしたもので、特徴が良く表現されています。そのため展示品を通して、大阪から淡路、播磨、讃岐、伊予、長崎と各地の祭りに担ぎ出される太鼓台の流れや時代の変遷を知っていただけると思います。

展示して気付いたのは、東日本には高山祭りの山車、秩父祭りの山車、それに青森のねぶたなど曳くものが多く、西日本には播州の屋台、讃岐地方の布団太鼓、小倉の提灯山笠など担ぐものが多く、東日本は曳く文化、西日本は担ぐ文化ともいえそうです。東西の違いは天狗面にもあり、東日本の鼻は高く、西日本の鼻は低いという傾向が見て取れるのです。
長い歳月にわたり地域の人々に愛され育まれてきた郷土玩具には、地域の文化性が表現されているのです。(井上重義)

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