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学芸室から 2012.07.07

<見学レポート>白峯神宮の七夕蹴鞠と小町踊り

新暦七夕。未明の雷雨は夜明けと共に去り、昨宵には逢えなかった七夕の二星は暁の空にめぐり逢いを果たせたでしょうか。

今日は、当館友の会の笹部いく子さんのご案内で、北野天満宮の七夕祭、白峯神宮の七夕祭を見学してきました。

七夕の笹飾りが施された北野天満宮

白峯神宮では、七夕の七遊(=七夕に行う七つの遊戯=和歌・鞠・碁・花・貝覆・楊弓・香)のひとつである“蹴鞠”と、江戸時代中期の頃より伝承される七夕の“小町をどり”の奉納を、たっぷり見せてもらうことが出来ました。 10年来の念願が叶い・・・目の前に繰り広げられる景色にどきどきしました。

上記の画像は、白峯神宮の「精大明神例祭(七夕祭)」で奉納された“蹴鞠”(飛鳥井家に伝わります)の様子です。長く滞空させることよりも、鞠の蹴り方の雅やかさ、掛け声の麗しさ、鞠の軌跡の美しさが追求されます。

“蹴鞠”もすばらしく雅なものでしたが、“小町おどり”はまた格別にいいものでした。

白峯神宮の庭で奉納される小町踊り

庭の真ん中に立てた笹飾りを囲み、5歳ぐらいから12歳ごろまでの少女達が元禄時代さながらの衣装で踊ります。紫の鉢巻、桔梗をかたどった銀のかんざし、緋色の襦袢の片袖をぬぎ、青紫地の着物に金襴の襷と帯をしめたいでたちはあでやかで、とても優美です。左手には小太鼓、右手には小太鼓を叩く撥をもち、のどかな歌にのって、時には叩き、時に撥をかざしてシナをつくりながら、円を描くように踊り進みます。

奈良・平安の昔、七夕の「乞巧奠(最初は機織の上達を願う儀礼)」には和歌がお供えされました。七夕が近づくと、公卿たちが詠んだ和歌を届ける“文のつかい”が活躍しましたが、そのつかいのお供をする娘たちが、宮中へあがる道筋、歌い舞ったものが“小町おどり”の起源であるとか。

『近世風俗志(『守貞謾稿』)』(喜田川守貞著)に記された小町踊り

町家へ伝わるにつれ、女性たちの裁縫、手芸、さらに芸ごとの上達を願うものとして、七夕の日の女性たちのあでやかなおどりが普及していったと言われています。江戸時代後期に記された『守貞謾稿』にも七夕の“小町おどり”が記されています。明治時代に東京へと都が遷されて以降、途絶えていたものが復興されたのが昭和37年のこと。復活した小町おどりは、少女たちの思い出とともに大切に受け継がれていくことでしょう。

(学芸員・尾崎織女)

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