日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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学芸室から 2011.08.05

河豚太鼓(蛸壺の太鼓)

数年前まで兵庫県立淡路高等学校で校長先生を務めておられた安積秀幸氏から、先日、「尾崎さん、おもちゃの“河豚(ふぐ)太鼓”が出てくる小説みつけたよ」と電話をもらいました。

日本玩具博物館は、淡路島の古老にお願いして作ってもらった“河豚太鼓”をいくつか所蔵しています。蛸壺漁がさかんな淡路島沿岸に住む子どもたちは、古くなって捨て置かれた素焼きの蛸壺を利用しておもちゃの太鼓を作っていました。イイダコをとる蛸壺は、掌にのるほどの大きさですが、子どもたちは、蛸が出入りする壺の入口に、捕まえた河豚(フグ)の魚皮を張って、即席で小さな太鼓に仕立てました。そんな昔を思い出して淡路島の古老に作ってもらったイイダコ壺の河豚太鼓は、指を弾くように打つと、ポンポンと乾いたいい音が響きます。

安積先生は、淡路島に赴任しておられた当時、淡路島の自然や文化に興味を抱かれ、地元の資料館などをお訪ねになることもしばしば。淡路島らしい蛸壺の太鼓にも興味を抱かれた先生は、北淡町歴史民俗資料館の富永孝さんにお願いして、イイダコ壺の河豚太鼓や皮? (カワハギ) 太鼓などを作ってもらわれ、校長室に飾っておられました。何に惹かれたか、私も、先生と一緒に蛸壺の太鼓に妙に夢中になったこと懐かしく思い出します。


河豚の皮を張った子どもの太鼓が出てくる小説というのは、岡本綺堂(1872~1939)作『半七捕物帳』。さっそく、その五十七話目の「河豚太鼓」を読みました。文久の頃(1861-63)、江戸市中で流行した「河豚太鼓」がキーアイテムになる誘拐事件です。岡本綺堂氏は、どのようにしてそのような習俗を取材されたか、河豚太鼓をこのように描いています。「・・・・・・十年ほど前から、誰が考え出したか知らないが、江戸には河豚太鼓がはやった。素焼きの茶碗のような泥鉢の一方に河豚の皮を張った物で、竹を割った細い撥で叩くと、カンカラというような音がするので、俗にカンカラ太鼓とも云った。もとより子供の手遊びに過ぎないもので、普通の太鼓よりも遙かに値が廉いので流行り出したのである。・・・・・・」と。
泥鉢と蛸壺の違いはあれども、『半七捕物帳』の「河豚太鼓」は、淡路の子どもたちが手作りした蛸壺の太鼓に似ています。実際、江戸時代後期に江戸市中の子どもたちを喜ばせた手遊び(=玩具)が、地方の郷土玩具や伝承遊びの中にその姿を伝えている例は数多くあるのです。カンカラ太鼓、河豚太鼓―――他の文献を当たってみたいと思います。
『半七捕物帳』は読んだことがなかったのですが、「張子の虎」「人形つかい」「唐人飴」「菊人形の昔」……など、幕末から明治の庶民の暮らしの中に息づいていた人形や玩具が登場するお話がたくさんあり、興味をそそられます。暑い夜が続きますが、幕末の手遊び文化を求めて、岡本綺堂の世界にでかけてみようと思っています。(尾崎織女)

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