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blogユニークな動物の色と形を楽しんで~世界の動物造形展より~
■台風6号が暑気を運び去ってくれたおかげで過ごしやすく感じられますが、皆様、お元気でお過ごしでしょうか。
■夏休みが始まり、館内にコロコロと子どもたちのいかにも楽しげな笑い声が聞かれる今日この頃です。館長室と学芸室は、プレイコーナーのお隣にあるので、世界の国々のおもちゃで遊ぶ子どもたちの様子は、一枚の壁を通して響いてきます。
■私たちの部屋の扉を開けて「おっちゃんっ、おもちゃ館のおっちゃんっ!」と井上館長を呼び出す馴染みの男の子がいたりします。「何のご用?」と出ていく館長を取り巻いて、子どもたちは“九連環”という中国の知恵の輪の解き方を教えてくれるようせがんだりするのです。
■そんな子どもたちにも、そして大人の皆さんにも必ず楽しんでいただける展示をと、この夏、当館では、「世界の動物造形」と題する特別展を開催しています。その特別展の中から、おもしろいと思うトピックスを数回にわたってご紹介したいと思います。
■私が日本玩具博物館にお世話になり始めた頃、館の書棚の中の洋書『Children’s Toys of Bygone Days(過ぎし日のおもちゃ)』のページをめくりながら、「うわぁ~すごい!」と感嘆の声をあげたことを思い出します。その書籍は、古代から近代にいたる西洋社会の玩具の歴史を写真入りで紹介するもので、著者はKarl Grober、1928年にロンドンのB.T.Batsford社から出版されています。ヨーロッパ玩具史を学ぶ上での必読書。私は、辞書をひきながら、夢中になって読みました。
■この書籍の何に感嘆したか、というと、そこに初めて、紀元前の動物玩具の写真を見たからです。それは、パリのルーブル美術館に所蔵されている紀元前1100年頃の「ヤマアラシ車」と「ライオン車」でした。白い石灰石製のヤマアラシやライオンが長方形の台車に乗せられており、高さは4.5cmほどの小さいものですが、非常に愛らしいのです。3000年前の大昔にも動物の玩具が作られていたことに、私はしみじみ感動を覚えたのです。二つはともに、ペルシャのスサに神殿が築かれた時、その礎石を据える穴に中に奉納されていたものと伝わります。
■『Children’s Toys of Bygone Days』の写真版をみると、エジプトにあるアレクサンドリア博物館にも紀元前500年頃の馬の木製玩具が所蔵されています。馬のフォルムはデフォルメされて非常に美しいものです。一方、大英博物館には、紀元前1100年頃のエジプト新王国時代の虎の玩具があります。高さ5㎝。紐をひっぱると、青銅製の歯がつけられた顎が動く仕掛けが非常に精巧であることにも驚かされます。ベルリンのエジプト博物館には、やはり紀元前1100年頃のワニの木製玩具が残されています。こちらは高さ8㎝で、顎が動く仕掛けまで作られているのです。
■ほんの数例ですが、紀元前の動物玩具の存在は、太古の人々が動物に対して親しみを持っていたことを示しています。そして、これらの動物玩具には、台車や車輪が付けられていたり、口を動かす仕掛けが作られていたりして、いずれも「動く」ことに意味をもたせているように思えるのです。太古の人々は、小さな造形を動かすことによって、それらに生命の息吹が与えられると考えたのかもしれません。
■興味深いことは、こうした古代の動物玩具の形が、現在、世界各地で作られている民芸玩具にも、また各国のトイ・メーカーがデザインする近代的な動物玩具にも、確実に受け継がれているという点です。たとえば、イタリアのセヴィ社(1999年に版権を譲渡してセヴィ社は無くなりました)がデザインしたワニ車やカバ車は、紐をひくと口をパクパク開閉しながら、前進する仕組みです。まるで、古代エジプトのリアルに彫刻されたワニの木製玩具が、20世紀風にモデルチェンジしたかのようです。アメリカ合衆国のライオン車、ロシアの馬車などもまた、現代的な愛らしさの中に古代の玩具の姿がほの見えるようです。
■古代と近代の玩具を見比べながら想いめぐらせます………人間は、なぜ、何千年の歳月、一定の玩具を淘汰せず、大切に作り伝えてきたのだろうか………と。
■「世界の動物造形展」では、 古代の動物玩具のかたちに焦点を当ててご紹介する コーナーがありますので、会場では、写真パネルと20世紀の玩具を比べながら、そのユニークな造形をお楽しみいただき、哲学的な問いを問う時間をもっていただくのもよいのではないかと思ったりいたします。
(学芸員・尾崎織女)
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