日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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学芸室から 2011.02.25

ちひさきものはみなうつくし~世界のミニチュア玩具展~

明日より1号館の企画展「世界のミニチュア玩具」をオープンします。 展示品は、町並、マーケットの風景、教会や学校、動物、人々の姿……いずれもがてのひらの中にすっぽり収まるサイズに縮小されたかわいらしいものばかり。それらを日本、中国、タイ、インド、ドイツ、イギリス、フランス、チェコ、スロバキア、スペイン、メキシコ、ブラジル、コロンビア、マガダスカル……と世界の国々から集めました。セットになった人形や動物、行燈や机やお椀に至るまで、ひとつひとつ丁寧に数え上げれば、展示総数は3000点を超えてしまいます。

ブラチスラバの日曜市の風景(スロバキア/1990年代製)

休館日の一日、スタッフ揃って、深夜まで小さな小さな造形に目を凝らし続けて展示作業を行いました。高さ2㎜ほどの茶碗を直径3㎜ほどの茶卓にのせて飾るにも、直径1.5㎜の白黒の碁石を碁盤に並べるのにも、ピンセットが必要です。ずらりと並んだ江戸の町並、スロバキア・ブラチスラバの日曜市の風景、ドイツ・ザイフェンのクリスマスマーケット、中国・清朝末期の花嫁行列、インド・ムンバイの楽団……展示室に出来上がった小さな世界は、文字通り「世界の縮図」のようです。ミニチュアに慣れた私たちの目には、「子どもの手に遊ばれる小さな玩具さえ、雛飾りの下段に置かれた雛道具さえ、怖ろしく大きなサイズに見えてしまうね」と、館長やスタッフたちと言い合いました。

クリスマスの頃のおもちゃ屋(ドイツ・エルツゲビルゲ地方/1980年代製)

清少納言の『枕草子』より有名なこの一節をふり返ってみましょう。
うつくしきもの 瓜に描きたるちごの顔  雀のこのねず鳴きするに踊りくる………(略)  ひゐなの調度 蓮の葉のいと小さきを池よりとりあげたる  葵のいとちひさき 何も何もちひさきものはみなうつくし 鶏のひなの足高に白うをかしげに衣短なるさまして ひよひよとかしがましう鳴きて人のしりさきに立ちてありくもをかし また親のともに連れて立ちて走るもみなうつくし かりのこ 瑠璃の壺  

清少納言は、かわいらしいものとして小さな子どもや小鳥や植物を取り上げていますが、人間が作ったものは、雛の道具と瑠璃の壺、このふたつです。細工が凝っていて小さくて繊細で力が詰まっているものがうつくしい(かわいらしい)という平安時代以来の感性は、どうやら日本人にとって、とても重要な文化的特質らしいことを、展示作業を進めながらあらためて思いました。

さて、この企画展、観どころは数々あるのですが、「江戸小物細工」のコーナーはとくに面白いと思います。江戸小物細工とは、江戸から明治時代、身近にあった物売りの風景や四季折々の屋台、樹木や花に彩られた茶屋の店先などを縮小して再現する技です。木、紙、大鋸屑や植物の繊維、布裂など、自然素材を用いて小さな部品をひとつひとつ形作っていきます。金魚売り、鳩豆売り、飴売り、取替平飴売り、目籠売り、虫売り、甘酒売り、しんこ細工売り、ほおずき屋、凧屋、たばこ屋、下駄屋、陶器屋、寿司屋、魚屋、天ぷら屋、そば屋………。江戸小物細工は、近世の庶民文化がいよいよ終焉を迎える明治末期、失われていく近世文明を懐かしむ風潮の中から誕生したものといわれています。会場には、浅草の服部家による昭和時代前期の作品を数多く展示しました。展示ケースの中に広がる小さな世界には、江戸的な生活文化が息づいており、なるほど、ミニチュアというものは、文化保存という役割も担っているのだと気付かされます。

「江戸小物細工」明治時代の飴売りの屋台(昭和初~10年代製)
郷土玩具のミニチュア(昭和10年代製)

展示にあたっては、学芸室の書棚から、江戸風俗画の第一人者、三谷一馬氏が、浮世絵や雑誌など膨大な量の古文献を渉猟して著わされた『彩色江戸物売百姿』(初版昭和53年)や『明治物売図聚』(平成3年)を取り出して読み返してみました。様々な資料を模写復元した美しい絵に詳細な解説が加えられており、時間を忘れて楽しめる著作です。・・・・・・例えば、江戸の夏には、「簾売り」「西瓜切り売り」「茄子売り」「冷水売り」「盆提灯売り」「朝顔売り」というような風流な物売りが、結構大きな籠を前後に振り分け、軽快に担ぐと、涼しげな姿でやってきます。変わったところでは、大きな赤い唐辛子の形をした箱を背負った「七味唐辛子売り」、美女の「針売り」、大陸伝来の道具を携えた「耳の垢とり」、儒者の道服を着た「猫の絵描き」など。どれもこれも意表をつかれるものばかり。

中でも興味深いのは「飴売り」です。飴売りは、羽根を立てた唐人笠にフリルがついた唐人服、時にチャルメラ(唐人笛)を吹いており、チャルメラのすっとぼけた音色で子どもを集めるのでしょうか。飴が売れると、奇抜な踊りを披露したといいます。そんな可笑しみにみちた人々の様子を思い描きながら、江戸小物細工の作品群を見つめると、小さな世界から何やら賑やかな声々が聞こえてくるようです。

清少納言によれば、かわいらしいものは雛の調度に瑠璃の壺。この春は、雛の調度がいろいろ登場している6号館の雛人形展と合わせて、日本玩具博物館の“ちひさきもの”たちを、ご堪能いただきたいと思います。

(学芸員・尾崎織女)

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