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春の日の三人仕丁
*すっかり春らしくなった日差しの中で、福寿草が黄金色の花びらを広げ、玩具博物館の庭に明るい輝きが広がっています。
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*今週は、休館日を利用して、1号館の企画展示室に「ふるさとの雛人形」展を準備いたしました。6号館と5号館で開催中の特別展「雛まつり」と合わせ、この春は、緋毛氈の上で広がる人形たちの世界をお楽しみいただきたいと思っています。
*大量生産や大量流通のシステムが確立されていなかった時代、都市部で飾られる工芸的な衣装雛に影響を受けながらも、地方地方で独自の「ひな」が作られていました。土製、張子製、練り物製、裂製……と、素材も様々ですが、「雛人形」と聞いて私たちが連想する内裏雛、三人官女、五人囃子、随身、仕丁などとはまったく異なる「ひな」もあって、素朴な郷土の「ひな」たちは、日本の雛まつりの世界が、かつてはどんなに豊かであったかを物語ってくれるようです。
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*そのような郷土(ふるさと)の雛人形の色々を展示する中、京都府伏見で作られた深草焼き(伏見土人形)の仕丁たちの伸びやかなスタイルに目が留まりました。仕丁は、内裏雛に仕える水干に烏帽子姿の三人組で、三人上戸(笑い上戸・泣き上戸・怒り上戸)とも呼ばれています。最近の五段飾りなどでは、真ん中の仕丁が沓台(くつだい)を持ち、両側の仕丁は立傘(たてがさ)と台傘(だいがさ)を構えて、雛段に、整然とした緊張感をもたらしています。ところが、伏見の仕丁さんときたら、なんて自由なのでしょう! 向かって左側の仕丁など、地面に頬杖をついてずいぶんくつろいだ様子です。
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京都の伏見は、400年以上の歴史を刻み、全国の土人形製作に影響を与えた窯。
*雛飾りをみる楽しみのひとつは、人形たち表情の豊かさだと思いますので、今回は明治時代の雛飾りの中の「三人仕丁」の色々をご紹介してみたいと思います。
*仕丁の姿態を大まかにわけると、沓台・立傘・台傘をもって座っている三人組、箒・がんじき・塵取などを手に雛御殿の清掃をしている三人組、そして、清掃作業を放り出して、煮炊きしながら楽しげに熱燗で一杯飲んでいる三人組があります。皆さまが親しまれている仕丁はどのタイプでしょうか?
*「御殿飾り」を発達させた京阪地方では、掃除をしたり、煮炊きをしたりしている仕丁が多く、一方、「段飾り」を発展させた武家のお膝元・江戸東京周辺では、殿さまにしっかり仕えてかしこまった表情の仕丁が目立ちます。
*台傘・沓台・立傘をもった仕丁(段飾り/明治時代後期) *煮炊きしながら酒をのむ仕丁(御殿飾り/明治時代後期) *箒・がんじき・水桶をもった仕丁(御殿飾り/大正時代)
*内裏雛をはじめ、他の雛人形や添え人形が、どちらかというと感情を外には出さず、静かに微笑んでいるときに、泣いたり、怒ったり、大笑いしたりして、感情を思い切り表現した仕丁たちの存在は、雛飾り全体に人間的なムードを与えます。とくに、楽しげに鍋物をつくりながら、酒を酌み交わしている仕丁たちを見ていると、生きる喜びようなものさえ伝わってくるから不思議です。
*戦後、雛飾りの大量生産が行われて、雛人形の表情が画一化してしまう以前、明治・大正時代の雛人形たち、とくに庶民の代表選手のようにして雛段に収まった三人仕丁は、身近に居られる誰かさんの顔を思い出させたりもするのでしょうか、来館者の皆さんの弾けたような笑い声が展示室に響く日もあります。今日のように暖かい日、窓を開け放っていたりすると、それは、おどけた仕丁たちの笑い声かと思われたりして、博物館は楽しい風に包まれています。
(学芸員・尾崎織女)
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