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学芸室から 2008.12.05

ジャパニーズ・サンタクロース

私たちは、サンタクロースといえば、リンリンと鈴を鳴らしながら、トナカイの橇で空を駆け、子どもたちに贈り物を運ぶ姿を思い浮かべますが、これは、19世紀のアメリカ合衆国において形成されたものです。そのイメージの源泉となったのが「A Visit from St.Nicholas」という詩で、このようにして始まります。

トナカイにのるサンタクロース(アメリカ合衆国製/古い時代のサンタク
ロースの姿を刻んだもの)

  ’Twas the night before Christmas, when all through the house  
 Not a creature was stirring, not even a mouse;
 The stockings were hung by the chimney with care, 
 In hopes that St.Nicholas soon would be there; 


 クリスマスの前の晩 今は静かな 雪の夜
 ちゅう ちゅう ねずみもおとなしく みんな すやすや ねています
 だんろにかけた 靴下は
 サンタクロースのおじさいさん 早く たずねて下さいと
 なかよく 並んで まってます
  (※片山五郎訳)

この詩は、1822年12月、クレメント・クラーク・ムーア博士が娘のために書いたもので、これに多くの挿絵画家たちが絵をつけて、アメリカ合衆国におけるサンタクロースのイメージが大きく膨らんでいったといわれています。

松本富士男氏のご研究によると、日本で最初にサンタクロースが描かれたのは明治31(1898)年のこと。日曜学校の子ども向け教材として「さんたくろう(三太九郎)」という読本が刊行され、その扉にサンタさんらしき人物が描かれました。北国の老爺・さんたくろうは、ロバを従え、右手にはクリスマス・ツリー、左手には杖を持っています。その表情は少々硬く、ドイツ系のサンタクロース「ヴァイナッハマン」を彷彿させる佇まいです。
『アーサー・ラッカムたちのサンタクロース・オリジナル』(松本富士男監修・解説/1997年・燦葉出版社刊より)

ドイツのクリスマス「ヴァイナッハテン」に贈り物を運ぶ人は、St.ニコラウス、クリスト・キント、ループレヒト、ヴァイナッハマンなど、地域によって様々です。当館の展示品の中には、St.ニコラウスと並んで、多くのヴァイナッハマンの人形がありますが、プレゼントをいっぱい詰めた袋を担ぎ、長いローブを身に つけて、手にはクリスマスツリーをもった姿で表されます。明治時代の日本人が想像していたさんたくろうの姿は、ヨーロッパ系サンタクロースだったのでしょうか。

ヴァイナッハマンのキャンドルスタンド(ドイツ・エルツゲビルゲ地方製/プレゼントの袋を背負い、クリスマス・ツリーを持っています)

「今夜はサダクロウさんがきて贈り物を置いていく夜やなぁ」と、昔、祖父が話していたのを思い出します。明治30年代生まれの祖父母は、サンタクロースのことを「サダクロウさん」と呼んでいました。戦争が始まるまで、大阪の町に住んでいた祖父母家族は、クリスマスになると、子どもたちのために百貨店で贈り物を買い、サダクロウさんの話を聞かせたりする落ち着いた暮らしをしていたようです。明治生まれの祖父母たちが思い描くサダクロウのイメージとは、いったいどのようなものだったのでしょうか。

『キンダーブック』(昭和14年12月刊/フレーベル館)の裏表紙に描かれた戦前のサンタクロース

戦争が激しさを増すにつれて、さんたくろう(三太九郎)やサダクロウさんは日本の都市部から姿を消し、柔和な笑顔の「サンタクロース」が、再び日本の子どもたちのもとを訪れるようになるのは、戦後のことでした。

サンタクロースは各地のクリスマス風俗を明らかにする、まさにキーマンです。今冬は、戦前のクリスマスの知る方々から、さんたくろうやサダクロウの話を多く伺ってみたいと思っています。(尾崎織女)


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