日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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学芸室から 2008.08.05

未来に生きる子どもたちのための博物館 

猛暑お見舞い申しあげます。例年以上に厳しい暑さの日々が続きますが、お元気でお過ごしでしょうか。


皆様もニュースなどでご存知のように、地方自治体の博物館・美術館をはじめ、文化施設を取り巻く状況は非常に厳しくなってきています。短期間に、維持費のかかる大きな施設をつくり過ぎる危うさを誰もが感じていながら、それを制止することができずにここまできてしまい、今、慌てふためいている・・・そんな感じです。

日本玩具博物館の開館は1974年。その頃、我国には、玩具を展示する博物館は、岡山県倉敷詩と岐阜県高山市に郷土玩具館として2館あるだけ。いずれもプライベートコレクションを展示する私立の玩具博物館でした。
井上館長が繰り返しお話ししてきたように、1970年代、80年代は、まだまだ、玩具(おもちゃ)の文化財としての位置づけが低く、歴史資料として、教育資料として、また民俗資料として、それらが博物館に展示されることもほとんどありませんでした。
私が日本玩具博物館に受け入れてもらった1990年ですら、県や地域の学芸員研修会などに参加してご挨拶をすると、「え?玩具ですか? 玩具を研究するんですか?」と、ちょっとあきれた表情で遠ざかって行かれたり、「玩具の展示ねぇ、まあ、頑張って・・・。わからないことがあったら何でも・・・」と微妙なトーンで名刺を下さったりしたものです。
展覧会依頼もテーマパークや百貨店からいただくことの方が多く、博物館梱包で届いた展示品の状態を確かめながら開梱していると、担当者から「なんと、すごい(大げさ)ですね。玩具なのに美術品みたいですねぇ」と、またここでもあきれた顔をされたりしました。 <たかが玩具><どうせ玩具> 繰り返される言葉にならない言葉に出合う度、<玩具は立派な文化財だと胸をはってのぞみたい>と思いました。

博物館施設がものすごい勢いで建設された1980年代から90年代には、「玩具」をテーマにした博物館も増え、経営母体や展示内容、運営理念や趣旨などの違いを度外視すれば、現在、50館近い施設があるのではないでしょうか。様々な年齢層に喜んでもらえるから・・・と考えるからでしょうか、地方自治体の博物館も、こぞって特別展や企画展の中に玩具を取り上げるようになりました。
このようにたくさんの玩具展が行われる状況を私たちは嬉しく思ったり、疑問に思ったりしながら数年間を過ごしてきました。やわらかく、わかりやすいテーマに流れる時代風潮に迎合するように、安易で悲しくなるような玩具展が相当に増えたことも事実です。



「ミューズランド」「体験型ミュージアム」「ハンズ・オンのミュージアム」「ミュージアムのアウトリーチ」「対話型ミュージアム」・・・・・・博物館が目指すあり方は20年ほどの短い間にどんどんと変転を重ねました。自治体が次々に博物館建設を行うために、新しいイメージを必要とした、という面もあるのではないでしょうか。カタカナ表記の「おしゃれで新しいイメージ」―――それは、まるでファッションのようです。
豊かな時代にたくさん買い込み、豪華さと数の多さを隣家の住人に自慢してみせていたアクセサリーも、生活が苦しいのだから仕方ない、チャラチャラしたものは売り払ってしまおう……―――博物館施設が統合されたり、廃止されたり・・・・・・そんなニュースを聞く度に、博物館・美術館は奢侈品ではないはず…と悲しくなってしまいます。

おもちゃ作り教室に参加した子どもたちのいい笑顔

博物館活動の第一は資料の収集保存、第二が資料の調査研究、第三が展示普及です。活動の第一に資料の収集保存活動があげられている以上、博物館は、今の人たちのためにだけあるのではなく、未来に生きる人たちに文化を伝えるための施設でもあるはずです。
十数年前、ドイツを訪れた折、ドレスデンの古い宮殿内にある美術館で、地元の方から聞かされた話が心に残っています。戦争による財政の逼迫を解消するため、市当局が館蔵品の売却を提案したとき、食べていくのもやっとの状態であるにもかかわらず、市民たちは「所蔵品は私たち市民のものである。これらを売ることは、ドレスデンの魂を売ることに等しい」と猛反対し、美術館を守ったというのです。それは、美術館が守るべきものを有し、美術館が町のアイデンティティー形成を担ってきたことの証だと思いました。

ヨーロッパにおいて、博物館・美術館を有することは市民の権利であり、いつも展示を観に行かなくても、講座に参加しなくても、文化保存の機能をもった施設が在ることに意味があると考えるのです。私たちは、見せかけのよいファッションを受け入れることには積極的でしたが、博物館を民主主義社会の市民の権利として大切にし、また義務として未来に生きる子どもたちのために守っていこうとする意識が希薄でした。それは、博物館の成り立ちの違いや政策の違いがあるからですが、一方で、市民のアイデンティティー形成にまで力を果たそうという視点にかけた私たち博物館関係者の責任かもしれません。

日本玩具博物館が大好きだと言ってくれる子どもたち
日本玩具博物館ファンだという近所の小学生が玄関口に書いた来場者へのメッセージ

けれども、私は、地方自治体立であれ、企業立であれ、私立であれ、私達のような個人立であれ、博物館の多くの業務を必死にこなし、未来に文化をつなぐ仕事に誇りをもって誠実に頑張ってこられた多くの博物館スタッフを知っています。
先日も、親しくさせていただいている大阪府立大型児童館ビッグバンの玩具コレクション担当者から、「ホームページの中に、ビックバン所蔵の玩具コレクションのページを作ったので広く紹介してほしい。」とご連絡をいただきました。
一度粉々に壊れてしまった植木鉢をもとに戻すことが難しいように、一度切ってしまったら、復元不可能なことがたくさんあるというのに、積み上げてきた目に見えないものが、財政逼迫の名のもとにバッサリ捨てられてしまいそうな現状に、私たちは何をすべきか・・・と話し合ったりもしました。
大阪府立大型児童館ビッグバンはいわゆる博物館施設とは異なりますが、数多くの貴重な近代玩具資料を所蔵しておられます。展示施設が広くない現状からも、ネット上でもっと多くの資料を公開できるページを・・・とご用意されたそうです。
<未来に生きる子どもたちのためにも、玩具を文化財としてきちんととらえ、彼らが安心して住める家を築こう> これまでの彼女の頑張りからも、そんな心の声が聞こえるようでした。大阪府立大型児童館ビッグバンの新しく開かれた「おもちゃコレクション」のページを一度、ご訪問なさってみて下さい。
http://www.bigbang-osaka.or.jp/toy/index.html

(学芸員・尾崎織女)


<後記> 
大阪府立大型児童館ビッグバンは所蔵しておられた玩具コレクションは、現在、国立民族学博物館へ移管され、上記のサイトは閉鎖されていますが、ビッグバンは生き生きと活動なさっておられます。(2020年2月13日・尾崎)

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