「御殿飾り雛」の世界    | 日本玩具博物館

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学芸室から 2008.02.02

「御殿飾り雛」の世界   

🌸年明け早々の「全国凧あげ祭り」、神戸そごう百貨店で開かれた「私の針仕事展」(日本ヴォーグ社主催)への協力展示、そして、井上館長が昨秋、文部科学大臣から「地域文化功労者」の表彰を受けたことを記念しての祝賀会の開催・・・と、大忙しの1月を過ごした後、学芸スタッフは総出で展示替えを行い、特別展「御殿飾り雛」が本日オープン致しました。

御殿飾りと雛料理の器(明治末~大正期)
檜皮葺御殿飾り雛(大正期)

🌸御殿飾りは、江戸時代の終わりには既に京阪地方で流行しており、関東地方で屏風を立てた段飾りが発展するのと平行して、その様式を整えていきます。館に暮らす男女一対の雛と、お仕えする人形たち、数段を作って、そこに諸道具類を配する賑やかな御殿飾りは、いきいきとした人形たちの声が聞こえてきそうな、動きを感じさせる飾り方です。天保8年頃より約30年間にわたって当時の風俗が書き記された『守貞謾稿』の中で、筆者の喜田川守貞は、京阪地方の雛飾りが御殿を用いたものであり、身近な生活道具や質素な厨房の道具類などをともに飾るが、それらは女児たちに倹約を教え、家庭教育に貢献する要素があると考察しています。

🌸関東の「屏風・段飾り雛」の傍に京阪で発達した「御殿飾り雛」を並べてみると、前者が静かで厳かな季節の室礼の趣を持つのに対し、後者には動的な遊びの要素が多く感じられます。ふり返れば、京阪には「雛遊び」の伝統がありました。
🌸平安時代、貴族社会の女児たちは「ひゐな」という小さな人形を作り、折にふれて「ひゐな遊び」を楽しんでいました。先だって『源氏物語』をじっくり読み返す機会があったのですが、全五十四帖中、十数回にわたって「ひゐな」の言葉が登場し、中には、紫の上や明石姫君や女三の宮らが、「ひゐな」で遊んでいる様子が生き生きと語られるくだりもみえます。紫の上は、ひゐなを源氏の君に見立てて着せ替えたり、それらが暮らす館をこしらえ、お道具なども使ってままごと遊びを行ったりしています。

源氏枠飾り雛(明治中期)

🌸「ひゐな」が、江戸時代に入って、そのまま桃の節句の「雛人形」となり、また、「ひゐな遊び」が直接「雛遊び」の世界につながるほど、歴史の流れは単純でないにしても、御所のお膝元で生まれた御殿飾りや、それと共に飾られる厨房の道具などの雛飾りの中に「遊び」の要素がふんだんにおり込まれていることには、貴族社会を支え続けた京阪地方の歴史性が反映しているのだと思います。

🌸このような御殿飾り雛の世界をお楽しみいただこうと、6号館展示室では、江戸末期から昭和中期までの資料を、また、ランプの家には戦前戦後の代表的な資料を展示しました。木や紙で作られた質素な御殿から、重厚で豪華な明治時代の檜皮葺御殿、シックで軽快な印象のある大正時代の板葺御殿、物資が乏しくなる昭和10年代の御殿、戦後、暮らしが豊かになる時代の竜宮城みたいな御殿・・・・・・それらは、間違いなく、時代時代の美意識と夢を反映しています。
🌸春の足音が聞こえるこの季節、是非、今年もおもちゃ館の雛たちに逢いにお出かけ下さいませ。

(学芸員・尾崎織女)

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