日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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学芸室から 2006.11.24

クリスマスの造形・その4 ――生命へのいつくしみ 

展示室の設置しているクリスマス絵本の中に、とても気に入っている一冊があります。イギリス人絵本作家、ピーター・コリントンの『聖なる夜にA Small Miracle』(2000年/BL出版刊)。

・・・・・・クリスマスの朝だというのに、食べ物もお金もない一人暮らしの老女は、楽器を肩にかけ、慌しいクリスマスの街に出ます。その歌声に足を止める人はなく、老女には生活の糧である楽器を売るしか方法がありません。そうして得たお金も若い男に奪われ、老女は雪の中に行き倒れてしまいます。そこへ駆けつけてきた小さい人たち――それは、善良な老女が若いひったくりの男から守った教会の「クリブ=キリスト降誕人形」たちだったのです!マリアとヨゼフ、三人の博士と羊飼いは、各々に与えられた才能を生かして老女に素晴らしいクリスマスの一夜を贈ります。・・・・・・文字が一切なく、繊細で緻密なコマ割の絵が、そっと静かに、小さな奇跡を知らせてくれる温かい物語です。

先日も、近くの短大から来館されたの学生さん達が、「この絵本を読んだ後に、展示ケースの中のクリブを見たら、小さな聖人が動き出しそうに見えた」と潤んだ目で話してくれました。

クリスマスが近づくと、カトリック教会の前には、きまって、このキリスト降誕人形が登場します。飼い葉桶に生まれたばかりのイエス、見守る聖母マリアと大工のヨゼフ、救世主の誕生を天使より知らされ駆けつけた羊飼い、星の導きに従い、遥か東方から贈り物(黄金、乳香、没薬)を携えてやってきた三人の博士(メルキオール、カスパール、バルタザール)などの人形によって、ベツレヘムにおけるキリスト降誕の様子が語られます。
             

イギリスではクリブ、ドイツではクリッペ、イタリアではプレゼピオ、スペインではナシミエント、フランスではクレーシュと呼ばれるキリスト降誕人形は、13世紀のイタリアが発祥とされています。識字率が低かった当時、アッシジの聖フランシスが、聖書に語られるキリスト降誕の物語を等身大の人形によって再現し、クリスマスのメッセージを人々にわかりやすく解説したと伝えられています。
18世紀、降誕人形がヨーロッパ全域に普及する頃には、小型の作品も現れ、子ども達がクリスマスに飾る宗教教育的なオーナメントとして、カトリック社会で広く歓迎されていきます。キリスト降誕人形には世代をこえて伝えられるものもあり、12月初旬から1月6日(公現節)にかけて、古びた人形たちが部屋の内外に厳かに据え置かれます。祖父の代から伝わる基本的な人形群に、新しく天使や村人の人形を買い足したりする習慣などは、日本の雛人形にも似て、家々の歴史を刻むものとなっているようです。

やがてヨーロッパの影響を受け、世界中に広がったカトリック色の強いキリスト教文化は、各地に降誕人形をもたらしました。今も、中南米の国々では南欧のプレゼピオやナシミエントを模したものが、また、アフリカの国々にはイギリスのクリブやフランスのクレーシュによく似たものが作られています。けれども、メキシコのマリアは目も髪も黒く、ナイジェリアのマリアは浅黒い肌色が選ばれており、衣装やかぶりもの、動物たちの様子も土地の暮らしにいかにも忠実です。各地の降誕人形を集めてみると、民族的な表現のあまりの豊かさに胸をつかれることもあります。

それぞれの箱庭の世界をのぞいてみると、世界の片隅ともいえる慎ましい場所で、善良な夫婦と裕福ではない人々(羊飼い)と賢い人々(三人の博士)と物言わぬ動物たちが一心にひとところを見つめています。この小さな人形たちとともに、優しい気持ちで私たちが見つめる先にあるのは、この世に贈られた小さな健やかな命です。

命を育む太陽を讃える真情、実りをもたらす穀物霊をなぐさめる祭り、冷たい冬枯れの、いわば死の季節に暖かい幸福を届ける儀礼、そして自然界から贈られた命―――日本玩具博物館では、それらをキーワードに世界のクリスマス展をつくってきました。思えば、ピーター・コリントン氏が静謐な筆致で語る奇跡には、命をいつくしむ心とクリスマスに贈られた幸福が溢れています。日本玩具博物館の展示室で、民族色豊かなキリスト降誕人形の数々を巡りながら、クリスマスが世界中の人々に愛される理由について思いめぐらせていただければ幸いです。

(学芸員・尾崎織女)




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