日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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展示・イベント案内 exhibition

企画展

冬の特別陳列 「牛のおもちゃ」

会期
2020年11月14日(土) 2021年2月16日(火)
会場
2号館 L字コーナー

干支(エト)をテーマにしたお正月の特別展も恒例となりました。「十二支」は、日本人の暮らしに深く浸透した民間信仰です。例えば、生まれ年にあたる動物の性質がその人の性格や運勢などに関係するという信仰、自分の生まれ年に因んだ動物を守りにする習俗などがあります。干支の郷土玩具はこれらを母体にして生まれた庶民的な文化財です。

令和3(2021)年の干支の動物は、辛丑(=牛)。人間と牛との交流は古く、わが国で農作業に牛を用いるようになったのは、弥生時代のことといわれています。以来、牛は農耕に欠かせない動物で、農耕神の使いとして大切に扱われてきました。
人間との結び付きが強かった牛は、早い時期から玩具化がなされ、車を付けて引いて遊ぶもの、首振りの動作を楽しむもの、闘牛を真似て遊ぶ玩具などが作られました。牛がかつては運搬や輸送の手段として活躍していたことは、牛の背に米俵や千両箱をのせた郷土玩具にも伺えますが、農耕神の使いとされる牛に、豊作のシンボルを組み合わせることで、豊かさへの願いが託されたのでしょう。

郷土玩具の牛・俵牛など

また、牛は「天神」との結び付きが強いことでも知られています。もともと天候を司る神、農耕神であった天神は、やがて菅原道真の伝説や信仰と結びついて発展し、学問や文芸の神としても幅広い信仰を獲得するに至ります。江戸後期頃から各地の郷土人形の産地で製作される「牛のり天神」の土人形は、道真と牛との逸話を表現すると同時に、農耕神との結びつきによって、豊かな実りを象徴する意匠とも考えられています。

稲畑土人形・雷除けの牛のり天神(兵庫県氷上町/昭和30年代)

本展では、約120点の牛の郷土玩具をグループごとに展示し、造形の面白さと牛に託された人々の願いを見つめます。

                   ■展示総数 約120点


<牛の郷土玩具>

豊作を願う牛……「俵牛」や「千両牛」は各地の郷土玩具によく登場する造形です。牛は、農作業に欠かせない動物で、大切に扱われてきました。米俵をのせた牛の造形は、豊かな実りを象徴しています。また、かつて牛は運搬の手段としても活躍していました。千両箱をのせた牛の造形には、豊かな暮らしへの願いが託されました。

仙台張子・俵牛(宮城県仙台市/昭和30年代)

幸せをまねく牛……農耕神の使いと考えられた牛は、大黒天(=福の神)と結びつき、また、丑寅の方位を守護する虚空蔵菩薩(=知恵と福徳の仏)とも結びついて、幸福をまねく動物とも考えられてきました。各地の神社や仏閣で授与される撫牛(なでうし)などは、幸運のマスコットとして大切にされています。

瓦牛(和歌山県和歌山市/昭和初期)

疫病神除け・瘡除けの牛……江戸時代から明治時代初期にかけて、流行を繰り返した疱瘡(ほうそう=天然痘)は、疱瘡神が人にとりつくことで発病するものと考えられていました。疱瘡神は「断れない客」のようなもの。何とか、もてなして軽く済ませてもらおうと、まじないに満ちた玩具の数々が作られていました。会津の赤べこなどは、疱瘡に罹った時に出来るカサブタ(瘡=くさ=草)を食べて、早く全快するようにというまじないが込められた造形です。

会津張子・赤べこ車(福島県会津若松市/昭和初期)

牛の造形いろいろ……闘牛に取材した牛の玩具は、琉球張子の牛(沖縄県)のように首を揺らして、その様子を楽しむもの、また、小千谷の木牛(新潟県)のように、子どもたちが角を闘わせて遊ぶものもあります。牛のり唐子、牛のり童子、牛車、牛土鈴など、各地の牛の玩具を造形のおもしろさに焦点をあてて紹介します。 

木牛(新潟県小千谷市/昭和30年代)――闘牛をまねて遊ぶ