日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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展示・イベント案内 exhibition

企画展

春の企画展・その1 「菅原道真没後1100年*天神さま」

会期
2002年1月19日(土) 2002年2月26日(火)
会場
1号館

菅原道真が大宰府で非業の死を遂げたのが延喜3(903)年2月25日のこと。本年度から来年度にかけて、「道真の没後1100年」に関連した催しが各地で開かれています。日本玩具博物館では、江戸時代末期から明治時代にかけて全国各地で作られ、日本庶民に愛された天神さまの人形の数々を集めて、人々の間に育まれた天神信仰についてご紹介する展覧会を企画しました。

郷土の天神さん「座り天神」

「通りゃんせ 通りゃんせ ここはどこの細道じゃ 天神さまの細道じゃ……」とわらべ歌にも登場する天神さまは、菅原道真を祭神とする「天神社(天満宮/菅原神社/北野神社)」のこと。全国に12,000社余あり、古来、人々に親しまれています。天神とは、もともと雷神、天候を司る神、農耕の神として人々の信仰を集めていました。それが、菅原道真の怨霊を鎮める社として、後には秀才であった道真の業績にちなみ、学問や芸能の神として幅広い信仰を獲得するに至ります。

倉吉の天神(鳥取県倉吉市)

当代きっての学才として重用された右大臣・菅原道真は、901年、藤原時平の陰謀によって大宰権帥に左遷され、大宰府に没します。その後、平安京に襲いかかった落雷、火災、地震などの天変地異は、無念の死を遂げた道真の怨霊がなせる業と解釈され、時の権力者たちは、畏れながら、道真を鎮魂する大掛かりな社を造営します。特に「道真の霊が雷神を遣わして祟る」と考えられたために、雷神や農耕神を祀る天神社に同化して発展していったのでしょう。
こうした天神に対する幅広いイメージは、庶民たちが作り出した天神の人形にも色濃く表現されています。飛梅伝説や影向の松伝説、また斑牛伝説などから生まれた造形、農耕神のイメージから米俵や稲穂との組み合わせた造形、学問の神のイメージから筆や墨に結びつける造形など、人形における天神の姿にも多くのバリエーションがあります。


本展では、「雷神・農耕神としての神」「学問神・詩文の神としての神」「雛の節句と天神」のグルーピングで人形を通して天神信仰を紹介し、また「梅と天神」「松と天神」「牛と天神」「天神と鷽(ウソ)」の項目によって天神をめぐる物語を紹介します。

展示総数 約200組

A.天神信仰と人形………江戸時代末期から明治初期にかけ、全国各地で作られ始めた天神をテーマにした人形の色々は、土地土地の民間信仰や美意識と結びついて発展を遂げました。天神に込められた願いをもとに大きく三つにグルーピングして紹介します。

疱瘡除け天神(福島県会津若松市など)

①天神さんⅠ~雷の神・農耕の神~………雷は農耕に必要な雨を呼ぶため、農耕を司る神として愛されてきました。稲穂持天神(香川県高松・福岡県赤坂など)、雷除牛乗天神(兵庫県稲畑)、牛乗り天神(全国各地)などからは、豊かな実りを望む人々の心が伺えます。

②天神さんⅡ~学問の神・詩文の神~………漢学に優れ、達筆、詩文に豊かな才能を発揮した菅原道真にあやかり、学問や芸能の上達を願う人形が全国各地で作られました。

③天神さんⅢ~雛の節句の人形~………桃の節句は女児の人形祭りとして知られていますが、地域によっては、ひとつき遅れの4月3日、天神を雛段の最上段に据え、下に金太郎や武者、恵比寿大黒、花魁や女学生など様々な土人形を飾る節句飾りを行います。ここでは、一度の節句で、男児と女児、両方の幸せが願われるのです。広島県三次や兵庫県稲畑など、雛の節句に飾られる天神を紹介します。

桃の節句に登場する天神さん (島根県出雲市/広島県三次市/兵庫県氷上町など)


B.天神さんの伝説………菅原道真の生涯は、『北野天神縁起絵巻』などの根本絵巻より、時代とともに数多くの絵巻が書かれて天神さんの伝説は一般化していきました。「飛梅伝説」「影向の松伝説」などはよく知られています。こうした伝説は人形の造形とも深く結びついています。

①梅と天神……「こちふかはにほひおこせよむめのはな あるしなしとてはるをわするな」道真のこの歌に詠われる京都自邸紅梅殿の梅の花が、道真を慕って一夜のうちに大宰府へと飛んでいく飛梅伝説から生まれたものか、天満宮の神紋は「梅鉢」、天神の人形の胸にも梅鉢の紋が描かれます。

梅鉢の紋つき袍をまとった「座り天神」

②松と天神……京都北野天満宮一の鳥居に立つ「影向の松」。初雪の日に祭神・道真がこの松に降臨して歌を詠まれるという伝説などから、天神と松を組み合わせた人形も見られます。

「松負い天神」・三階松の紋つき袍をまとった「座り天神」

③牛と天神……菅原道真の生涯は、少年時代に斑牛と見合う形相の力強さに見出され、道真のなきがらは斑牛のひく牛車で運ばれます。牛と天神のつながりの深さは、そうした伝説と結びついたためか人形の中にも牛のり天神は数多く見受けられますが、農耕に大切な牛と農耕神と見なされる天神との組み合わせが豊かな稔りを願う造形にふさわしいと考えられたからでもあります。

「牛のり天神」~左から堤人形(宮城県仙台市)・八橋土人形(秋田県秋田市)・船渡張子(埼玉県越谷市)

④天神と鷽〈ウソ)……各地の天神社で1月25日、初天神の日に鷽替えといわれる神事が行われます。その昔、太宰府天満宮の追儺行事に近くに巣を作っていた熊蜂が参詣者に襲いかかり大混乱。その熊蜂をどこからか飛来した鷽が退治し、天神の神徳の現われと考えられました。それから、鷽を模した木彫を用いた神事が盛んに行われようになり今に伝わっています。全国の天神社(天満宮)で授与される鷽の色々を天神とあわせてご紹介します。