日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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今月のおもちゃ

Toys of this month
2023年5月

「ロッキングベビー」

  • 1980年代
  • チェコ/木

赤ちゃんをあやす母親の姿をあらわす人形は世界各地に見られますが、ヨーロッパには、「ロッキングベビー」「ロッキングドール」と呼ばれる木の人形が伝わっています。中には糸仕掛けになった人形もあり、背後の糸をひっぱると、母親は腕を上げたり下ろしたりして赤ちゃんをあやす仕草をします。

ところで、この小さな赤ちゃんの人形はみな、蓑虫のような形に作られています。中世から近世にかけてのヨーロッパでは、「スワドリング」といって、生まれたばかりの赤ん坊は、その軟らかな身体がきちんと固まって立てるようになるまでの一年ほどの期間、亜麻布で全身を巻かれた状態で過ごしていました。近年でも、スワドリングのように赤ん坊を産着でくるんで育てる方々もあるようです。当時のヨーロッパでは、母体の中に居るのと変わらぬ安定した環境を作り出すためとも、乳児死亡率の高かった時代ですから、新しい魂が不安定な小さな身体からぬけ出し、あの世へ旅立ってしまうことを恐れたためとも考えらえれていたようです。

当館は、ヨーロッパ玩具のいくつかの文献を所蔵していますが、たとえば、チェコの文献を見ると、ロッキング・ベビー・ドールは18世紀頃、チェコの南モラヴィアで盛んに作られ、この地方の子どもたちに愛された郷土玩具であったことがわかります。

赤ちゃんのおくるみの胴部に見られる縞模様は、亜麻布を結びとめるリボンを表しています。近世の日本で「赤」が疱瘡除けに効果のある色と考えられたように、ヨーロッパでも「赤」はペスト除けに効き目のある色と信じられていたため、子育ての衣料や玩具には赤いものがよく用いられていました。小さなロッキングベビー・ドールは、かつての子育ての様子や母親たちのファッション、またその心情をよく伝えています。

(学芸員・尾崎織女)