今月のおもちゃ
Toys of this month「草花のお雛さま」
●●3月3日の桃の節句は、中国から伝わり、古代日本の貴族社会に定着したころ、上巳(じょうし=3月最初の巳の日)の節句と呼ばれていました。水辺に出て禊(みそぎ)を行い、桃花を浸した酒や母子草の汁を入れた餅状のものを羹(あつもの)として、心身の健康を保とうとする行事だったと考えられています。ここに雛遊びや雛飾りの要素が加わるのは、3月3日が女性の節句として意識される江戸時代になってからのことです。
●●江戸時代までの暮らしは太陰暦に基づいていましたから、旧暦3月3日の節句は、桃も桜も菜の花も咲き揃い、本格的な農作業が始まる時期に行事がもたれていました。農村の人々は「野遊び」と称して河原や浜辺へとくり出しましたが、そこには水辺で心身を清め、田の神迎えの準備を整えるという意味も含まれていたのでしょう。今年の旧暦3月3日は、かなり遅く、太陽歴4月22日に当たります。
●●子供の世界には古い節句行事の姿が保存されています。たとえば北関東の山間部には河原にかまどを築き、子どもたちだけで調理する「おひながゆ」の行事があり、徳島県には「遊山箱(ゆさんばこ)」という小さな弁当箱を提げて、子どのたちが野山や浜辺へ出かける風習が遺されています。
●●筆者は昭和40年代、兵庫県播磨地方の農村部で子ども時代を過ごしたのですが、旧暦の桃の節句には幼馴染と弁当をもって近くの山へと遊びに出かけていました。山川のほとりに群れ咲く春の花々を摘み、夢中で草花の雛人形を作りました。それはたんぽぽの花を頭に、草の葉を重ね着させた小さな人形。ギシギシ等の葉を葉脈に沿って半分に折り、真ん中に花をのせると、花の茎に左右から葉を合わせ、襟元をずらしながら幾枚かの葉を順に着せかけていきます。最後に小枝で葉の衣装を縫い止めれば出来上がり。大きな葉なら一枚でも十分で、幼い子の手にも易しく作れました。
●●草花びなは年長者から年下の子へと伝承を繰り返してきた野原の遊びであり、美しいお雛さまへの憧れをのせた可憐な造形です。野の花が美しい季節。子どもたちと草花びなの作り方を伝授すれば、菜の花の内裏雛、レンゲソウの三人官女、スミレの五人囃子・・・と、驚くほど魅力的なお雛さまが出来上がります。
●●水をはった小皿にこれらを飾り、水辺で過ごした古の節句に想いをはせてみるのも心楽しい旧暦雛の節句の祝い方ではないでしょうか。
(学芸員・尾崎織女)