日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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今月のおもちゃ

Toys of this month
2023年1月

「堤人形・波のり兎(波兎)」

  • 1970年代
  • 宮城県仙台市/土

宮城県仙台市青葉区堤町で作られている「堤人形」は、17世紀終わりからの歴史をもち、京都の「伏見人形」や長崎の「古賀人形」などとともに全国の土人形の最高峰とされています。伝統を受け継ぐ芳賀家には、浮世絵などから取材したと思われる二百種類にも及ぶ土型があり、金時や鯉担ぎ、和藤内、子ども三番叟、静御前など、あか抜けした造形と暗い赤と黒を基調とする渋い彩色を特徴とする土人形たちは「おひなっこ」と呼ばれて、節句に飾られることも多かったようです。
そのような堤人形のなかに「波のり兎」があります。しぶきを飛ばして渦巻く波の上を白い兎が飛び跳ねる様子を表わす❝波兎❞を造形したもので、波の水色に輝く兎の白が清々しく、兎の目と鼻、耳の内側の赤が愛らしく映えています。

❝波兎❞のデザインが庶民にも愛され始めたのは江戸前期、17世紀のころからと言われます。その由来については謡曲(能の声楽部分)「竹生島」にあると考えられています。「竹生島」とは醍醐天皇(在位897~930)時代の物語。―――天皇の臣下たちは、休暇をたまわってその琵琶湖に浮かぶ竹生島の神々に参詣しようと琵琶湖畔を訪れます。そこへ翁と海女が乗る釣り舟にやってきて、同乗させてもらうことになります。島へ渡る釣り舟から眺めた春の湖上の景色をこのように詠いました。

  緑樹影沈んで 魚木に登る気色あり 
  月海上に浮かんでは 兎も波を奔るか 面白の島の景色や
―――竹生島の豊かな緑の樹々が湖上に映って、まるで湖の魚が樹々を登っているようにみえる。月は湖面に浮かんで、月に住む兎が湖の波を奔(か)けていくようにみえる。なんと心惹かれる興味深い景色であることよ、と。

舟が島に着くと、翁は琵琶湖の竜神に、海女は竹生島の弁財天に変わります。 臣下一行は、このような体験からも竹生島の神々の霊験あらたかなことをしみじみ思い知ることになったのです・・・・。

堤土人形・波のり兎(宮城県仙台市/昭和中期)

神秘の島、竹生島の霊験あらたかな神々を連想させる波兎は、月の精とされる兎が瑞兆をあらわす動物であることと相まって吉祥文様となり、美術工芸品に好んで用いられてきました。郷土玩具の世界でも、堤人形だけでなく、郷土凧の凧絵などにも繰り返し描かれるデザインです。波の上を元気に飛びまわる兎の姿から、飛躍の象徴とも考えられ、まさに新春を祝うにふさわしい造形です。

堤人形の「波のり兎」や波兎が描かれた郷土凧(静岡県駿河凧/東京都江戸凧)は、新春の特別陳列「兎の郷土玩具」でご紹介しています。

(学芸員・尾崎織女)