「江南地方の泥蚕猫」 | 日本玩具博物館

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今月のおもちゃ

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2022年8月

「江南地方の泥蚕猫」

  • 1980年代
  • 中国・江蘇省江蘇省無錫市恵山区、浙江省嘉興市海塩県/泥土

中国で江南地方といえば、上海、浙江省、江蘇省など、揚子江下流の南岸地域をさします。この地方では、古くから養蚕が盛んで、農家では、桑の葉が繁茂する春から秋にかけて、農作業と並行して、その繭から生糸をとるための蚕を育ててきました。蚕の幼虫が食べ続ける桑の葉の状態がわるいと病気に罹りやすく、天候や温湿度の変化にも敏感な蚕を育てるのには繊細な飼育作業が求められました。なかでも、ネズミの被害には苦労させられたといいます。蚕蛾が産み付けた卵も、孵化した幼虫も、繭を作った蛹も、かまわず食べてしまうネズミを駆除するため、日本でもそうであったように、養蚕農家ではネズミの天敵である猫がよく飼われていました。養蚕を守る猫は「蚕宝宝」と呼ばれて愛されたと聞きます。

江南地方を代表する泥塑玩具(土製玩具)の産地は、江蘇省無錫市恵山区にあります。恵山の泥塑玩具は清代から他の都市部にも知られ、上流階級向けの繊細な品と庶民向けの素朴な品、その両方が盛んに作られてきました。今でも、『三国志』や『水滸伝』、『西遊記』、『白蛇伝』など、伝説や歴史物語や芝居の場面を題材にした品々や、家々の守りとなる童子「阿福」、福神を表す泥人(ニーレン/土人形のこと)など、玩具の種類は非常に多彩ですが、猫が座った様子を表した「蚕猫」は、特に養蚕農家の人々に好まれてきました。蚕猫は、蚕室に置かれて、蚕たちを襲うネズミににらみを利かせます。

恵山の「蚕猫」 中国江蘇省無錫市恵山区 1980年代

恵山の泥塑玩具は、塾泥して粘り気を強くした泥粘土を型に押し入れて、前後左右を型抜きした後、全体の形を整えて下塗りを行い、絵付けを施して仕上げられます。使用される絵の具は、自然物から抽出した顔料や染料です。「蚕猫」は黄色地に勢いのある刷毛線で黒い毛並みを表し、緑と朱の挿し色が鮮やか。尻尾を表す墨色の筆線と蛸唐草模様は書をしたためたようにのびやかで、写実性とデザイン画風のタッチのバランスが面白い作品です。ネズミを脅すにしては、大人しく穏やかな表情の猫ちゃん―――こんなに可愛らしくて、役目が果たせたのでしょうか?!

同じ江南地方に位置する浙江省嘉興市海塩県でも古くから蚕室を守護する「蚕猫」が作られていました。蚕室の両側に目を光らせるため、背面にも顔が作られたものもありました。こちらの猫も明るく可愛い表情ですね!

海塩の「蚕猫」 浙江省嘉興市海塩県 1990年代

これらは、現在開催中の特別展「中国民衆玩具の世界」でご紹介しています。

(学芸員・尾﨑織女)