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blogクリスマスの造形・その3 ――贈り物配達人
*サンタクロースは、紀元280年頃、今のトルコに生まれ、のちにキリスト教の司教となった聖ニコラウスがモデルだとされています。情け深く、貧しい人々を救け、子どもをかわいがったので、子どもや弱者を守る聖人として敬われました。キリスト教世界では、12月6日に、聖ニコラウス・デーが祝われます。彼が貧しい人々に贈り物をしたり、困っている人に金貨を授けたりしたという伝説と、新年の豊かさを祈って人々が贈り物を交換していた冬至祭の習俗がとけあって、聖ニコラウス・デーにおける「クリスマス・プレゼント」が誕生したと言われています。
*セント・ニコラスは、ドイツではザンクト・ニコラウス、フランスではサン・ニコラ、オランダではシンタ・クラウスと呼ばれますが、サンタ・クロースは、19世紀の新大陸アメリカでシンタ・クラウスから展開して誕生したイメージです。今や、世界中の空を駆け巡って子ども達にプレゼントを運ぶのは、赤い服をきて優しくほほ笑むサンタさんだと皆が信じているように見えます。けれども、世界からクリスマスの人形や玩具を集めていくと、かつては、いや、今も、国や地域によって、様々な姿の贈り物配達人が活躍していることがわかります。
*ドイツ南部の山岳地方では、聖ニコラウス・デーの前夜、ニコラウスが鬼と天使を連れて子どもの居る家を訪問します。ストーブで暖をとるドイツに煙突はなく、ニコラウス一行は、堂々と正面玄関から入ってくるのです。
*「いらっしゃいませ、聖ニコラウス様・・・。」子ども達は、ドキドキ、そわそわしながら一行を迎えます。ベルヒテスガーデンの聖ニコラウスは、司教服を身にまとい、裁判官のように厳格な面持ちで母親の前に進み出ます。子ども達の所業がチェックされた閻魔帳を取り出してニコラウスが言います。「さて、この子は一年、よい子にしていたかね?」 よい子にしていたら、天使はプレゼントを、悪い子なら、鬼のお仕置きが待っています。「行いを改めるか?」鬼はムチをふるいつつ、子ども達に改心を迫ります。
*家庭教育にも協力的な聖ニコラウス一行ですが、どうみても不思議な取り合わせです。秋田県男鹿半島の大晦日にやってくる「なまはげ」のような鬼は一体、何者なのでしょうか。麦わらで覆われた鬼は「ブットマンドル」、獣皮をまとった鬼は「ガンガール」と呼ばれ、大地の穀物霊とも森の神の化身とも考えられています。彼らは、キリスト教以前、冬の祭りに欠かせなかった自然神なのです。自然神は豊かな新年を迎えるために、ぜひとも訪れてもらいたい存在であったから、キリスト教聖人の従者としての地位を与えられたのだと思われます。
*サンタクロースの影響を受け、いつの間にか、白い司教服から赤い衣装に着替えたドイツのザンクト・ニコラウスの人形も、時に、鬼と一緒に登場します。当館友の会の笹部いく子さんが、2004年、ニュールンベルグのクリスマス・マーケットから持ち帰って下さったプラムと胡桃の人形「ツッヴェッチゲメンライン」の聖ニコラウスも、手に木の枝のムチとプレゼントを抱え、鬼と天使を連れています。
*チェコやスロバキアでも、12月5日の夜、聖ミクラーシュ(聖ニコラウスのこと)が鬼と天使を連れてやってきて、子ども達にお仕置きかプレゼントを残していきます。トウモロコシの皮で作られた聖ミクラーシュとムチをもった鬼は、これらの国の習慣がドイツと共通していることをよく伝えてくれます。
*世界で活躍するクリスマスの贈り物配達人は、聖ニコラウスや聖ミクラーシュだけではありません。スウェーデンでは12月25日の朝、家の守り神トムテがヤギを連れてやってきますし、イタリアでは、かつて1月6日にベファナおばさんがプレゼントを置いていきました。イギリスではファーザークリスマス、ドイツでは聖ニコラウスのほかにもヴァイナッハマンやクリスト・キント、ロシアのある地域ではマロースおじさん、ポーランドでは聖ミコワイにバーブシュカおばさん・・・・・・・地域ごとに呼び名もイメージも異なる贈り物配達人が、それぞれにふさわしい日を選んで訪れ、プレゼントを残していきます。
*クリスマス・プレゼントが意味するところは何なのでしょうか? 「自然界」からもたらされる恵みへの感謝のかたち、また、新しい年も豊かで幸福であれ、という「自然界」からのメッセージ・・・・・・? 愛らしい人形になったクリスマスの贈り物配達人たちを眺めながら、私はそんな風に考えるようになりました。「自然界」を「神」と言いかえれば、よりクリスマスらしいし、ある人にとっては「人生」、「家族」、「友人」、などと置きかえるとぴったりかもしれません。
(学芸員・尾崎織女)
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