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blog『三月ひなのつき』――カナダから届いたお雛さま
◆児童文学者・石井桃子さんの『三月ひなのつき』という作品をご存知でしょうか。昭和38年に出版されて以来、版を重ね、愛され続けているロングセラーです。少女時代に読んだ本は友人の子どもたちに譲って手元から離れたので、この度、新たに書店で求めたら平成24年版で31刷目となっていました。
◆なぜ、求めたかというと、昨年、カナダのバンクーバーに住んでおられる個人から当館へと寄贈を受けた雛人形に既視感があり、―――数ヶ月過ぎた今、そうだ!『三月ひなのつき』に登場する寧楽雛だ。主人公・よし子ちゃんのお母さんがお祖母さまから贈られた雛人形、お母さんが大切に大切に20年飾り続け、細部まで思い描けるほど愛していた雛人形、それなのに東京大空襲で焼けてしまった雛人形、その大正時代に彫られた寧楽雛(ならびな)の段飾りにそっくりだ!―――そう想い至ったからです。
◆バンクーバーから届いた雛人形のこと。幅55㎝、奥行40㎝、高さ23㎝の木箱は朱塗で、手前の引き戸を開けると、中にはヒノキ製の雛段や 階(きざはし)、垂れた几帳と巻き上げた御簾の向こうに春の野山が描かれた屏風、雛人形や雛道具を収めた小さな6つの木箱が入っています。それらを取り出してくみ上げると、高さ55㎝のコンパクトな段飾り雛が出来上がります。小箱から、内裏雛、三人官女、稚児、五楽人(雅楽を演奏)、随身、仕丁、古式ゆかしい供え物、灯台、桜橘の二樹を取り出して飾り付けていきます。
◆寄贈者からのお便りによると、亡くなられた母君が大事になさっておられた一刀彫の段飾り雛で、大正末から昭和初期にかけての作品。人形底の作者を示す線刻から、彫刻は山田國廣、彩色は松原米山であることがわかります。時代も姿も、まさに、『三月ひなのつき』にお母さんの思い出として語られる寧楽雛そのもの。挿絵は朝倉摂さんですが、モデルとなった物語や雛人形があったのでしょうか。
◆『三月ひなのつき』を四十数年ぶりに読み返すと、自分の少女時代への懐かしさとともに、量産された昭和30年代の、一見、きらびやかな段飾り雛をどうしても受け入れられないお母さんの気持ち、娘の周りを満たすモノに対するお母さんの考え方への共感がわきあがってきました。モノの価値はいうまでもなく、外から設定される価格で決められるはずもない。 あなたのことを想い、あなたに伝えたいことがあって、それが形になったもの――それこそがこの世でいちばん尊く、大切なもの。なぜなら、想いのこもったモノたちが、その子の感性の基礎を作り、人生を支えていくのだから――。石井桃子さんはそんなふうに語りかけているのだと思いました。――それは、バンクーバー在住の女性が母君の思い出とともに大事に保管してこられたものを、日本の人形を愛する人たちのもとへ贈りたいと海を渡らせて私たちの博物館に届けて下さったお心にも通じるのだと思います。
◆本年の「雛まつり」展では、大型の屏風飾りや段飾り、豪華な御殿飾りの傍にひっそりと一刀彫の段飾り雛を展示しております。もしよろしければ、『三月ひなのつき』と合わせて楽しんでいただけたらと思います。
◆ちなみに、よし子ちゃんのお母さんが3月3日、雛人形を持たない娘のために心をこめて折ったお雛さまは、『折りひな』(田中サタ・真田ふさえ・三水 比文著/福音館書店)に紹介されており、こちらも昭和44年以来のロングセラーです。先日、偶然にもこの本が手元に届き、付けられていた近江雁皮の成子紙工房の手漉き白紙と京都永江民芸紙の手染め和紙で折りひなを作ったところでした。
◆雛人形に関わっていると、毎年、このような嬉しい出会いに満たされます。心のこもったモノのもつ力だと思います。
(学芸員・尾崎織女)
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