日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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学芸室から 2019.09.27

クッキング・トイ ~「遊戯料理」の文化~

ママ・レンジ(アサヒ玩具製・昭和43年頃)

6号館のままごと道具展もいよいよ終盤を迎えました。展示品の前でじっくりと対話しておられる来館者があり、また一方で、子ども時代の  思い出話に花を咲かせる方々もあって、日々、生き生きとした展示室です。先日も50代の来館者たちが「ママ・レンジ」の前で足をとめ、少女時代に戻ったような笑顔で当時のママ・レンジのCMソングを合唱しておられました。

ママ・レンジは、昭和40年代に玩具会社と食品会社がタイアップして発売した小さなレンジで、  家庭用電源にプラグを差し込むと、電熱器の熱で小さなホットケーキが焼けました。本物の材料で調理し、しかも食べられるという画期的なままごと道具に当時の子どもたちは心を奪われました。ママ・レンジのヒットをを受け、昭和50年代に入っても、ケーキやクッキー、ポップコーンやジュースなどを作れる子どもサイズの電化玩具がママ・シリーズとしてもてはやされましたが、他方で、戦前戦中に子ども時代を過ごした親世代からは、飽食時代の贅沢な玩具だと非難の声も聞こえていました。

昭和40~50年代のママ・シリーズ
平成20年代のアイスクリームが作れる「くるりんアイスクリン」

今もまた、パンやアイスクリーム、鯛焼きや海苔巻など、菓子や料理をリアルに作れる玩具は「クッキング・トイ」の総称で様々なタイプが  販売されています。オーブンや電子レンジ、冷蔵庫など、家電製品を活用して料理し、家族そろって楽しく賞味できるとあって、子育て世代の家庭で歓迎を受けているのです。

ところで、歴史をさかのぼると、江戸時代にはすでに「遊戯料理」という文化がありました。炭火を備えた屋台のもと、米粉に鶏卵などを合わせた生地を熱い石板の上にたらして、子どもたちが菓子を焼くのです。文字を書くように焼くので「文字焼き」といい、「もんじゃ焼き」の前身として知られています。大森貝塚を発見したエドワード・モースも随筆の中で、明治前期の子どもたちが仲良く菓子を焼く屋台を「戸外パン焼き場」と呼んでスケッチとともに書きとめています。

『世渡風俗圖會』(清水晴風著)に掲載された文字焼屋台
モースがスケッチした遊戯料理の屋台

「子供達はこの上もなく幸福そうに、仮小屋から仮小屋へ飛び廻り、美しい品々を見ては、  彼らの持つ僅かなお小遣を何に使おうかと、決めていた。一人の老人が箱に似たストーヴを持っていたが、その上の表面は石で、その下には炭火がある。横手には米の粉、鶏卵、砂糖の混合物を入れた大きな壺が置いてあった。老人はこれをコップに入れて子供達に売り、小さなブリキの匙を貸す。子供達はそれを少しずつストーヴの上に広げて料理し、出来上ると掻き取って自分が食べたり、小さな友人達にやったり、背中にくっついている赤ん坊に食わせたりする。
台所に入り込んで、生姜パンかお菓子をつくった後の容器から、ナイフで生地の幾滴かをすくいだし、それを熱いストーヴの上に押し付けて、小さなお菓子をつくることの愉快さを想いだす人は、日本人の子供達のよろこびようを心から理解することが出来るであろう。」
(『日本その日その日』 エドワード・モース著・石川欣一訳より)


一方、ままごとの起こりについて、民俗学者の柳田國男(1875~1962)は、小正月の「カマクラ」や桃の節句の「カラゴト」や「オヒナガユ」、お盆の「精霊飯(ショウリョウメシ)」や「餓鬼飯(ガキメシ)」など、四季折々の儀式の中にあると考えました。
「カラゴト」や「オヒナガユ」は、旧暦3月3日の雛まつりに、少女が河原に集まって、火を起こし、お粥やご飯を作って遊ぶもので、福井県や  群馬県に伝わります。そして、「精霊飯」や「餓鬼飯」は、旧暦7月15日、村の辻や河原に台所を特設して、少女たちが食事を準備するもので、瀬戸内海の島々や浜名湖周辺の村々にみられました。先祖の霊や無縁仏がこの世に戻ってくるお盆―――そんな特別な日には、家の中にあるカマドに火を入れることも、大人が普段どおりの調理を行うこともよくないとされていました。けれど神や精霊をもてなし供養する必要があるため、大人たちは、子どもに戸外で煮炊きをさせたのでした。

「食べ物を野天でこしらえるということは、大人でも興味を持つほどの珍しい事件なのに、ましてやこれに携わった者がいつの世からともなく女の童であった。どうしてこういうことをするのかは彼らにはわからぬ。ただその面白さを忘れることができなくて、折さえあればその形を繰り返して、おいおいと一つの遊びを発達せしめたのである。」(『こども風土記』柳田國男著・昭和16/1941年刊より)


本物の料理を自分たちで作る――それが宗教的なコトであれ、遊戯であれ、子どもたちにとってはわくわくする特別な行為であることに変わりはないはずです。戸外のかまどや鉄板から家庭内の電化製品へと調理の設備は移り変わっても、クッキング・トイは、かつての遊戯料理の流れを汲む現代玩具であり、ままごと遊びの根源にかかわる性質を秘めているのかもしれません。

「日本と世界のままごと道具展」は10月14日まで。祭り太鼓の響き始めた香寺町へぜひお運び下さい。

(学芸員・尾崎織女)

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