<見学レポート>牛窓の「八朔ひなかざり」 | 日本玩具博物館

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学芸室から 2015.09.13

<見学レポート>牛窓の「八朔ひなかざり」

八朔の節句行事いろいろ

今日は旧暦の八朔。皆さんが暮しておられる地域では「八朔(はっさく=八月朔日、八月一日)」の節句を祝われますか? 玩具博物館のある町では八朔の祝いは行われていませんが、瀬戸内海沿岸地方には、“たのもの節句”ともよんで、八朔行事を伝えている町々があります。“たのも”とは、「田の面」「田の実」とも書き、八朔は、田に実りゆく稲の健やかなことを願い、お世話になった方々に感謝を表わす行事として知られています。太陽暦では季節感が合いませんので、ひと月遅れの9月1日、あるいは太陰暦8月1日に行われています。

郷土玩具の世界には、この節句にあたって、子どもの誕生を祝い、元気な成長を祈って贈られる玩具や人形の数々が残されています。福岡県甘木の「八朔びな」や福岡県芦屋の「八朔馬と団子雛(ダゴビーナ)」、広島県尾道の「田面船(たのもぶね)」などが有名ですが、2011年には<ブログ「学芸室から」2011年9月5日>で広島県宮島に伝えられる「たのもさんの船」を紹介させていただきました。兵庫県下では、たつの市の港町・室津に古くから伝えられた八朔行事が復活を果たしており、今年も8月22日から30日まで、古い町並を舞台として、13回目の「八朔ひなまつり」が行われました。

八朔行事に飾られる雛人形は、素朴な紙雛や草雛の類から、桃の節句と変わらぬ豪華な衣装雛までその姿はさまざまです。そこには米の粉を蒸したり茹でたり搗いたりして、人形や動物の姿に細工した“シンコ細工”が供え物として、また初節句の子どもたちへの贈り物として登場してきます。シンコは、田の実りに感謝する初秋の節句にふさわしい素材と考えられたのでしょう。

牛窓の「八朔ひなまつり」

先週末は、友人とともに、岡山県瀬戸内市牛窓が町をあげて取り組んでおられる「第6回牛窓八朔ひなかざり」の行事見学に出かけていました。牛窓は瀬戸内海に面した古い港町で、江戸時代には李氏朝鮮からの通信使節を迎え入れ、接遇した町としても知られています。「八朔ひなかざり」に参加して、雛人形を飾っておられるお宅は、唐琴通りを中心に32軒。各家庭、手作りの品々をまじえ、遊び心たっぷりに雛飾りを楽しんでおられます。雛飾りのほとんどは、昭和30年代から60年代、それに平成時代の新しい衣装雛も少なくないのですが、中には、大正末期の大阪製御殿飾り雛があり、また、女雛の袖が雛台を隠すほどに長い、明治中期の“見栄っ張り雛”の姿もありました。これは、他の瀬戸内地方の町々にもみられることから、地方独特のユニークな様式として知られています。

 

牛窓の「ししこま」

そして、牛窓の八朔行事といえば、「ししこま」です。
「ししこま」とは、不思議な名前で、いったい、どんなものなのか、呼び名からは想像もつきません。初めてそれを知ったのは、菓子文化の研究者である溝口政子さんがご研究の一端を紹介なさっておられるこちらのホームページでした。
<いとをかし*牛窓の八朔の「ししこま」> 
http://www.m-mizoguti.com/ito/sisikoma.html 
(※後記=2020年1月4日現在、こちらのページは閉鎖されています。)

牛窓では八朔にひなまつりが行われ、女の子が生まれ、“初びな”を迎えるの家では米粉から「ししこま(獅子狗の字が当てられます)」を作る風習がありました。町の子どもたちは、初びなの家を目指して「ししこま貸してちょうだい」と訪ね歩き、もろぶたに並べられたししこまを(貸して)もらいます。ししこまの数を競い合ったあとは、焼いたりして食べたそうで、それは本当に美味しく、子どもたちにとって心待ちの楽しい行事だったと牛窓のご婦人方に伺いました。ししこまは貸してもらったのですから、またいつかお返しするのです。
今、ししこま保存会の皆さんが普及と伝承につとめ、八朔ひなかざりを行う家々には保存会の皆さんが作られた「ししこま」が配られ、お雛さまのもとに供えられています。それはとても愛らしいものです。

  

今回の牛窓訪問の第一目的は、その「ししこま」つくり体験。古くは牛窓一帯で行われた八朔のししこま作りでしたが、今は西町だけがその風習を受け継いでいます。西町倶楽部では、「ししこま保存会」のご婦人方が、米粉を水で練って団子を作り、ゆでた後に臼でつき、そして色粉を混ぜて、細工前の準備万端整えておられました。50人まで体験できる分を整えられた保存会の皆さんは大変だったことでしょう。

地元の女性たちにまじって、子ども達も参加し、保存会の皆さんが先生となってテーブルごと、丁寧に指導されている風景を見ていると、胸があつくなってきます。私たちは、保存会代表の千場さんのテーブルに着かせていただき、お話を伺いながら、地元のご婦人と一緒に7種類ものししこま作りを教わりました。

  

本当に楽しい体験。はさみ、へら、櫛で、切り込みを入れたり模様をつけたりして、それは鮮やかな海の幸が出来上がっていきます。はさみもへらも櫛も女性たちの日常に欠かせない道具。ししこまが女性の世界で伝えられてきたことを実感しました。また、郷土玩具の世界が、このような行事食と相通じていることをまたあらためて想いました。

作らせていただいた「ししこま」とししこま作りの道具

   

古きよきもの、よきことを次の世代に上手にバトンタッチしくことに心を砕く、その行為は本当に尊いものですね。今年の「牛窓ひなかざり」は9月13日で終了してしまいましたが、また来年、クラシックな港町を舞台にした初秋のひなまつりへお出かけになられてはいかがでしょうか。
ししこま保存会の皆さま、お世話になり本当にありがとうございました。

(学芸員・尾崎織女)

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