雛飾りのなかの菱餅の色 | 日本玩具博物館

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学芸室から 2024.03.06

雛飾りのなかの菱餅の色

桃の節句が近づくと、地域で発見された雛飾りを取り上げたいというマスコミ関係の方々、雛まつりの歴史について執筆中の雑誌等のライターさん、またご家庭で雛飾りを楽しまれる皆さまから、電話やメールで様々なお問い合わせをいただきます。お写真を添えて「この御殿飾りはいつ頃、どこで作られたものでしょう? 稀少価値はありますか?」とか、「雛飾りが庶民の間に広まっていくのは何時代ですか?」「我が家の雛飾り、三人官女のはずが五人も官女がいるのですが、そんな例は見られますか?」「うちの御殿飾りのなかに五人囃子がいないのは、失われたせいでしょうか?」「我が家の古い内裏雛は、女雛だけ立っているのですが、どうしてでしょう?」などなど、ご質問はほんとうに様々。――身近な節句文化に興味を持たれることが嬉しく、わかることには順次にお応えしておりますが、私どももお問い合わせを受けることで調べものが進み、新たな気付きをいただいたりすることもありますので、学芸員の仕事のなかでも、こうしたやりとりを大事にしてきました。

ランプの家の雛飾り  姫路押絵の雛人形(石田秀鶴作)七段飾り(昭和前期)――3段目、能楽を演奏している五人の囃子方は美しい女性たち

先日の展示解説会の後には、ご来館の方から、「昔から菱餅の色は三色だったのですか?」とご質問を受けました。現在は、薄紅(桃)色、白色、緑色の三色を重ねあわせるのが一般的で、それぞれに桃の花、雪、若草を象徴しているともいわれますが、都市部の町家に雛まつりが定着していく江戸時代はどうだったのでしょうか。

展示解説会風景 


桃の節句に菱餅を用いる風習は、江戸前期にはすでに見られ、『日本歳時記』に記された貞享年間(1684~1688)ごろの雛飾りには、色まではわかりませんが、大きな菱餅が飾られています。水面に広がり繁茂するヒシの葉を図案化したものとされる菱紋は、子孫の繁栄を連想させ、また菱形は女性性の象徴でもあったといいますので、女性の催事にふさわしいものと考えられたのでしょう。

『日本歳時記』に記された貞享年間(1684~1688)ごろの雛飾り

江戸後期ともなると、雛飾りの様子を伝える錦絵(浮世絵)に、菱餅がしっかり色付きで登場してきます。歌川国貞(香蝶楼国貞/三代歌川豊国)画の「風流古今十二月内 弥生」(天保年間ごろ・1831~45年)の雛飾りには、白・緑・白・緑・白・緑と二色の菱餅がミルフィーユのように積み重ねられ、同浮世絵画家の「源氏十二ヶ月之内弥生」(安政年間ごろ・1855~60年)の雛飾りには、豪華な一対の貝桶や懸け盤の傍に緑・白・緑の菱餅が見られます。現在のように一対ではなく、黒漆塗金蒔絵の菱台は一台のみです。

江戸後期の風俗を記した『守貞謾稿』(喜田川守貞著/天保8・1837年起稿)にも、……「今世は三都(江戸・京都・大阪のこと)ともに菱形に造り、京坂(阪)にては蓬を搗交え、青粉を加えて緑色を美にす。……女児産れて初ての上巳前には、親族知音より雛調度、或いは人形、其他にても種々祝ひ物を贈る。之に報るに此の菱餅を遣るを通例とす。……菱餅三枚、上下は青、中は白なり」とあります。―――蓬(ヨモギ)を加えた緑色の餅の源流は、草の汁を入れた古代中国の龍舌絆とも考えられます。(さらに、守貞は、京阪においては初節句に菱餅を、二年目からは「いただき」を贈る風習があると記しています。「いただき」は、「あこや」「ひちぎり」などとも呼ばれ、現在も愛されていますね!)

『守貞謾稿』に記された「菱餅」をめぐる習俗


明治時代に入るとどうなるでしょうか。明治25年、河鍋暁翠が描いた「五節句之内花月」には、添え人形や立ち雛、蛤や雛菓子などのお供え物がおかれた段の真ん中に、白と緑の菱餅をのせた菱台が一台、堂々と据えられていますが、明治26年、水野年方画の「三十六佳撰 ひな遊」の雛壇には薄紅(桃)色と緑色が重ねられた菱餅が見えます。このころから薄紅(桃)色の菱餅も作られ始めたのではないでしょうか。

江戸時代風に白と緑の菱餅を重ねて飾ってみました。菱台の方が大きくて不格好ですが、この色合いは、緋色の毛氈の上で、さわやかに見えます。

緑と白の菱餅を重ねて飾ってみました

菱餅の色についてなど、些細なことではありますが、浮世絵などのなかには雛飾りの歴史的な展開が細やかに描きこまれており、興味は尽きません。この季節、ご家庭で飾られた雛人形のなかに「なぜ?」を探し、その答えをもとめてみるのも楽しいことと思います!
ご紹介した浮世絵のうち、歌川国貞の「風流古今十二月内 弥生」と「源氏十二ヶ月之内弥生」、河鍋暁翠「五節句之内花月」は、現在開催中の特別展「雛まつりとままごと遊び」に展示中です。

(学芸員・尾崎織女)

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