日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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学芸室から 2012.09.22

鳴く虫と虫かご

先週の休日、兵庫県伊丹市で開催されている「鳴く虫と郷町」へ出かけていました。江戸時代より酒造業で栄えてきた古い町家が点在する郷町を舞台に、スズムシ、コオロギ、ヤブキリ、ウマオイ、キリギリス…など、鳴く虫約15種3000匹を虫かごに飼育展示して、暮らしの諸相、アートの世界との共演を楽しむ素敵なイベント。音楽ホールでは、スズムシと人間の音楽家が心を合わせて、しっとりと秋の曲を演奏し、夜の街角では、木々に下げられた虫かごで鳴く虫と市民演奏家との共演が繰り広げられていました。すばらしいことには、町を愛するたくさんの方々がボランティアとなって大活躍しておられ、その熱心かつ楽しげなご様子に胸を打たれました。 http://www.nakumushi.com/p/2012_22.html

下の画像は、酒造で栄えた「旧岡田家住宅」に展示された鳴く虫たちです。千筋細工の虫かごの中から、また壺や甕の中から鳴き声が響き、酒蔵は、まるで秋の虫たちのアンサンブル会場です。虫の音がもたらす情感もさることながら、昔ながらの虫かごあっての風情です。これらは、静岡県駿河竹の手工芸でしょうか。

旧岡田家住宅に展示された千筋細工の虫かご~その中で鳴く虫たち

日本玩具博物館は、この秋、日本玩具博物館は、フランス・プロヴァンス地方にある自然史博物館からのご依頼を受け、同館で開催される特別展にご協力して、かつて日本人が親しんできた虫かごを出品する予定です。有名な“モース・コレクション”の中にも見えるような明治時代の千筋細工の虫かごや、子どもたちの草花遊びとして伝承される麦わら細工のホタルかごなどが海を渡って出張します。

日本には、平安時代、すだく虫の音に耳を傾けるうち、風景の中に心が溶けていくような情感を“もののあはれ”と表現する文化があり、江戸時代、軒下に吊るした千筋細工の虫かごの中でキリギリスが唐突に鳴けば、夏の昼間の静寂がいや増すと感じる文化がありました。かつて私たちの耳が自然の声を騒音と聞くことはなかったようです。虫の音に移ろう時間を知り、温湿度の変化さえ見出そうとする日本人の感性は、この繊細な風土に育まれたものだと言われています。
けれども、鳴く虫の声を楽しむ虫かごは、中国をはじめ、アジア諸国に存在します。中でも、中国の「扁円葫蘆」が有名でしょうか。丸いヒョウタンに繊細な文様が線刻されたもので、こおろぎは閉じ込められたヒョウタンの中で、リリン、リリンと涼やかな声を響かせます。

コオロギの家(オーストリア)と扁円葫蘆(中国)

そして、ヨーロッパにも、かつては「コオロギの家」と呼ばれる愛らしい虫かごがありました。「コオロギの家」は、“学芸室から”でも度々ご紹介しているドイツ在住の人形玩具蒐集家、ヒラ・シュッツさんが日本玩具博物館へ寄贈くださったものです。オーストリア・ザルツブルクの民芸品で、高さ10㎝、赤い屋根をもつ小さな木造りの家。白壁の側面と背面に、花模様で縁取られたいくつかの小窓があり、前面には、縦2㎝、横1㎝ほどの扉がもうけられています。シュッツさんの説明によると、「コオロギの家」は、ドイツ南部の山岳地方などでも古くから親しまれてきたといいます。子ども達は、コオロギを捕まえると、扉を開けて中に虫を閉じ込め、鳴き声に耳を傾けます。ツリッ…、ツリッ…と、銀の鈴のような音が響いてきます。「コオロギの家」は、虫の姿形ではなく、音色を楽しむための虫かごなのです。
昆虫の研究者・加納康嗣さんが、鳴く虫をめぐる生活文化について書かれた論考『鳴く虫文化誌』(HSK Books刊)の中にこれが登場します。加納さんが発見されたドイツの文献には、18世紀の終わり、ミュンヘンの町に「コオロギの家」を窓辺に吊るして鳴き声を楽しむ習慣があったことや、バイエルン地方の多くの町々に、これを売る商人がいたことなども記されています。興味深く思ったのは、当時、三つか四つの部屋をもつ集合住宅まで作られていたこと。すなわち、個室に入った数匹のコオロギ(ノハラコオロギ)が声を揃えて鳴き出せば、鈴の音色の三重唱、あるいは四重唱が楽しめるという仕掛けです。なんとも音楽の国らしい発想ではありませんか!

加納康嗣氏の著書『鳴く虫文化誌』に掲載されているヨーロッパヤブキリの売り子の写真(Smettan,H.,2009より)

今秋、玩具博物館の虫かごたちが出張するフランス・プロヴァンス地方では、昆虫の中でも「セミ」が親しまれているそうです。私たちのささやかな、けれど、日本文化を体現する虫かごは、彼の地の方々の目にはどのように映るのでしょうか。(尾崎織女)

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