日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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学芸室から 2011.06.10

さらさら、すずやかに、七夕と夏まつり展オープン

楝(おうち)散る 川辺の宿の 
門遠く 水鶏(くいな)声して 
夕月涼しき 夏は来ぬ
♪卯の花の匂う垣根に…と歌い始める唱歌「夏は来ぬ」の4番の歌詞です。玩具博物館の周りには、楝(おうち=栴檀)の木がたくさん植わっていて、今、可愛らしい薄紫色の花をシャワーのように降らせています。夕方ともなれば、ホトトギスの啼く音に混じって、市川の川向こうから水鶏(くいな)の声が響き、早苗がゆれる水田の表面に月が影を映します。

唱歌「夏は来ぬ」に歌い込まれたとおりの季節感の中、6月の玩具博物館では、夏に向けて展示替え作業を行っています。まずは、今週の休館日を利用して1号館に「七夕と夏まつり」と題する展示を完成させました。

七夕は、古代中国で発展した初秋の儀礼です。『荊楚歳時記』(中国・六朝時代/6世紀中頃)には、このように書かれています。

七月七日、牽牛・織女、聚会の夜と為す。
是の夕、人家の婦女、綵縷(さいる)を結び、七孔の針を穿ち、
あるいは金・銀・鍮石を以て針を為り、几筵に酒脯・瓜果を庭中に陳ね、以て巧を乞う。喜子(くも)、瓜上に網することあらば、則ち以て符応ずと為す。


牽牛星と織女星が出逢う七月七日の夜は、豪華な針や糸を飾り、酒肴や瓜などを供えて、織物の上達を祈ったというのです。蜘蛛がお供え物の瓜に網をかけたなら、願いごとが叶えられる徴である……と。このような七夕の儀礼は、「乞巧奠(きっこうでん)」と呼ばれていました。それが奈良時代の宮中に伝わって貴族社会で定着し、中世には、織物だけでなく、和歌や管弦、立花、香道など、芸道全般の上達を祈るまつりとして定着していきました。やがて農村部へと拡大するにつれ、祖霊祭としての「盆行事」や実りの秋を前にした「豊作祈願」などとも結びつき、日本独自の発達を遂げていきます。

武家の七夕飾り『女大学宝箱』(文政12/1830年刊)より


今も日本の各地にさまざまな顔をもった七夕行事があります。ある地域では観光の目玉として脚光を浴び、ある地域では郷土愛に満ちた方々が必死で守り、またある地域では家庭の中庭でひっそりと命脈をつないでいます。
千葉県、茨城県、埼玉県など関東地方を中心とする七夕には、チガヤやマコモ、またワラを細工して作られる「七夕馬」の素朴な飾りがあり、東北地方から山陰海岸、隠岐の島々まで続く日本海側には、「ねぶたまつり」に代表されるような灯籠がゆらめく七夕行事があります。一方、中部地方や近畿地方には、織物や着物にまつわる七夕飾りがちらほらと伝承されています。「笹の葉に願い事を吊るす」という全国に共通する習俗以外に、素朴ながらに美しい七夕まつりが各地に残されているのです。  

   

  

   

個人的な話で恐縮ですが、七夕の夜に誕生し、織女星の名前をいただいた私にとって、七夕は、五節句(人日・上巳・端午・七夕・重陽)の中でも、“ゆかり”と“えにし”を感じる行事です。ここ十数年は、この時期になると、各地の七夕行事の見学に出かけては、その有り様を記録することを続けてきましたので、たくさんの七夕行事が思い出の中に詰め込まれています。本展では、そんな中から、日本の七夕風景の一端を、展示品を通してご紹介できればと思っています。また、そうすることで、私たちの地元・播州地方が伝える七夕の意味が理解されていくことと考えます。

播磨灘沿岸の「七夕さんの着物」(昭和40年代製)と生野の「七夕さん」(明治42年製)


展示室は、天の川をイメージして青いクロスを敷き詰めました。織女星に捧げる「七夕紙衣(紙の着物)」、天の二星の巡り逢いに登場する「七夕船」や「七夕馬」(盆の「精霊船」や「精霊馬」とつながっていきます)、子どもたちの「灯籠玩具」(祖霊の迎え火につながっていくでしょうか)などをさわやかに展示しました。

関東地方を中心にみられる七夕馬


今回の展示品は、紙や竹、植物素材で作られた軽やかなものばかり。唱歌「たなばたさま」には「♪ささの葉さらさら 軒端にゆれる」と歌われますが、七夕の室礼や飾りを見ていると、「さらさら」「さやさや」「そよそよ」「すがすがしく」「すずやかに」……日本語の中、“さ行”の語感がぴったり合うと感じられます。
企画展会期より一週間早く、企画展会場をオープンいたしました。会場では、子ども時代の七夕の思い出を懐かしそうに語り合われる方々の姿があります。今夏の日本玩具博物館では、情緒豊かな日本の夏風景に出合っていただけるものと思いますので、ぜひともご来館下さいませ。(尾崎織女)

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