「ツリー飾り・クリスマスの魚たち」 | 日本玩具博物館

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今月のおもちゃ

Toys of this month
2023年12月

「ツリー飾り・クリスマスの魚たち」

  • 1980~2000年代
  • ドイツ・ルーマニア・チェコ・ポーランド/硝子・陶器・小麦菓子

ヨーロッパのクリスマスツリー飾りを集めてみると、太陽や星、雪の結晶、天使、幼子イエス、聖ニコラウス、ベル、ハート、まつかさ、リンゴ、クルミ、牛や馬、鳩や孔雀などに加えて、「魚」が多く見られます。ドイツやチェコ、ルーマニア、ポーランドなどのツリー飾りにも魚が含まれ、硝子細工や陶器、菓子など、素材もいろいろですが、いずれのオーナメントも愛らしく、表情豊かです。

「世界のクリスマス*喜びの造形」展に展示中の魚たち
上段左から、硝子細工・青い魚と赤い魚(ドイツ)、菓子<シュプリンゲルレ>の魚(ドイツ)
下段左から、硝子細工の魚(ルーマニア)、陶器の魚(チェコ)、硝子細工の魚(ポーランド)

「魚」といえば、キリスト教徒のシンボルであるといわれますが、なぜなのでしょうか。キリスト教史に詳しい知人から教えていただいたことによると、その起源はローマ帝国時代、ディオクレティアヌス帝(244-311/在位284-305)のキリスト教徒弾圧にあるのだと。帝国内に信徒を増やし、やがて帝政に反旗を翻しそうなキリスト教徒の勢力を警戒した皇帝は、キリスト教信仰を禁止し、教徒への弾圧、迫害を行いました。会合の禁止、聖書の焼き捨て、聖職者の逮捕、改宗要求、反抗する人々の投獄、そして処刑・・・。その数は帝国全土で数千人に及んだといいます。

そのようななかで、キリスト教徒たちは、信者である暗号として魚のマークを描き始めました。ギリシャ語で魚は「ΙΧΘΥΣ」。イエス キリスト 神の 子 救い主(ΙΗΣΟΥΣ ΧΡΙΣΤΟΣ ΘΕΟΥ ΥΙΟΣ ΣΩΤΗΡ) の単語の頭文字だけをつなぐと「ΙΧΘΥΣ(イクトゥス)」となります。―——他には気づかれぬように魚印を描くことで、信者同士の紐帯を示したのでしょう。緩やかな弧形を上下に組み合わせただけのシンプルな魚印は、時代を経て「ジーザス・フィッシュ」「クリスチャン・フィッシュ」とも呼ばれています。
クリスマス飾りに登場する魚たちは、キリスト教徒のシンボル「ジーザス・フィッシュ」でしょうか。あるいは、キリスト教以前、魚の造形は、豊穣を司る女神のシンボルとも考えられていましたので、そのように意識されてはいなくても、オーナメントのなかに豊かさへの祈りが秘められているのかもしれません。

ツリー飾り・パン細工の魚(チェコ/1990年代製)

チェコのツリーに飾られるパン細工のオーナメントにも、魚をデザインしたものが見られます。チェコではクリスマスの特別料理に、七面鳥でもローストチキンでもなく、鯉を食べるといいますので――フライにしたり、ゼリーで固めたり、ソテーしたものにプルーンのソースをかけたりして――魚の中でも特に「鯉」を表しているのではないでしょうか。

絵本『おじいちゃんとのクリスマス』は、あるとき、作家の母と画家の娘(スウェーデン在住)がチェコの古都・プラハを訪ねた折、ふと耳にしたクリスマスの鯉料理にまつわるお話から誕生したそうです。クリスマスに食べる鯉をマーケットで買ってきたトマス少年は、その鯉に“ベッポ”と名前をつけて可愛がり始めます。おじいちゃんとふたりきりのクリスマス、トマスはその鯉を食べることができるのでしょうか? 繊細で美しい絵と暖かい文章によって、チェコの人々の心情が伝わる優しく温かな物語です。

クリスマスの魚たちは、現在6号館で開催中の特別展「世界のクリスマス*喜びの造形」のなかでご覧いただけます。

(学芸員・尾崎織女)