平成後期から令和の神戸人形作家、吉田太郎さんのご逝去を悼んで | 日本玩具博物館

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学芸室から 2024.02.24

平成後期から令和の神戸人形作家、吉田太郎さんのご逝去を悼んで

神戸人形の再興にまごころを込めて取り組んでこられた吉田太郎さんが、去る2月21日、急病により、54歳で逝去されました。まだまだこれからという年齢です。吉田さんのご無念とご家族のご悲嘆、神戸人形の完全復活と存続へのご尽力を想い、今、幾多の思い出が胸をかけめぐっています。

2018年の戌歳からは、十二支の神戸人形創作にも取り組んでこられました。それぞれの動物が歴代の神戸人形に見られるからくりをもとにデザインされています。「来年の巳歳にはどのからくりを用いて蛇を作ろうか、考えるのは楽しみであり、苦しみであり・・・」と朗らかにおっしゃっていたのに…。


何といっても、私たちにとって思い出深いのは2017年。―――この年、神戸開港150年に際して当館は、神戸市からの依頼により、一年間、デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)で大掛かりな展覧会「TOY&DOLL COLLECTION」を持たせていただきました。折しも、神戸人形の再現制作に着手されていた吉田さんにはひとかたならずお世話になり、KIITOの催事は、吉田さん抜きには語れないほど。イメージキャラクターを造作してくださったのも、神戸の街をイメージしたパノラマ型の「わがみなと町の神戸人形」を創作してくださったのも吉田さん、展示へのご協力はもちろん、神戸人形講座でも製作者ならではのお話を展開してくださいました。―――この展覧会の後は、お仕事のパートナーでもある奥さまと一緒に当館へいらっしゃる度、近い将来、また神戸の街に神戸人形の展示室や販売コーナーをもてたらいいねと、館長やスタッフと夢を語り合っていたというのに……。

突然の訃報に接し、今日は、大事に仕舞っていた「TOY&DOLL COLLECTION」記念の神戸人形「船乗り」(神戸開港150年にちなんで、150体の会場限定販売でした)を取り出して部屋に飾りました。展覧会の閉幕が近づいたころ、井上館長に、また会場付きの原田学芸員に、そして私にも個人的な記念ドールを創作してくださったのですが、「楽芸員」(中国の民族楽器・揚琴を弾いています=私の趣味)と題してお贈りいただいたその思い出深い作品も一緒に。――動かしながら、じっと見つめていると、それぞれの作品から、これらを手にする人たちを驚かせ、喜ばせようとする吉田さんの人間愛(きっと「ユーモア」はそこから!)がひたひたと伝わってきます。

2021年4月には、神戸新聞総合出版センターから、吉田太郎さん著『神戸人形賛歌~よみがえるお化けたち~』が発刊されました。玩具博が所蔵する神戸人形の古作品の数々を吉田さんの解説で紹介する楽しい本です。加えて本書は、歴代の神戸人形作家たちの資料を新たに発掘調査されたことで、私たち玩具博物館が描いてきた神戸人形の歴史を少し書きかえ、深めるものともなっています。出版に先立つ2019年6月、太郎さんと奥さまの綾さんがカメラを携えて来館され、作家の視点で当館所蔵の古作すべてに目を通してくださいました。一点一点を慈しむように観察され、動かなくなった作品には繊細に補修の手を入れていかれる吉田さんの温かなまなざしに、ああ、この方は心底、神戸人形を愛しておられるのだとあらためて感じ入ったことでした。そこから本書の企画が始まり、撮影もページ構成も執筆もすべて吉田さんご夫妻のご尽力があってこそ!!——吉田さんは、後世に素晴らしい書籍を遺してくださいました。

ご本業である人形劇の舞台美術を通して培われた技術はもちろん、神戸人形らしいからくりと新たな題材を結び付ける吉田さんのアイディアは天才的でした。そのユニークな造形とからくり、さらに吉田さんの誠実で優しいお人柄は、子どもたちの心をぐっととらえ、中には❝吉田太郎チルドレン❞と呼びたい子どもたちも幾人か誕生しました。2021年4月4日に開催された「なにわ人形芝居フェルティバル」を訪ねてくれた小学生もそのおひとり。―――吉田さんは、そのような「子どもたちのためのワークショップを開きたい」と繰り返し夢を語っておられました。彼の神戸人形愛は未来へと広がり、そう、次の担い手についても思いをめぐらしておられたと思います。

神戸人形ファンの小学生と吉田さん――「なにわ人形芝居フェスティバル」にて

ご家族にとってはもちろん、神戸のからくり人形界、人形劇の舞台美術界にとっても唯一無二の存在であった吉田さんの早過ぎる旅立ちを、私たちはまだ現実として受け止められずにいます。上手に言葉を綴れませんが、井上館長と館内一同、衷心より吉田太郎さんのご逝去を悼み、まごころのこもったお仕事と私たちへの友情に感謝を捧げます。どうか、お安らかにお休みくださいますように。吉田さんが遺したくださった神戸人形とともにご冥福をお祈りいたします。

(学芸員・尾崎織女)

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