日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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館長室から 2019.01.14

当館は今年開館45周年を迎えました

■新春のご挨拶が遅くなりましたが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

■当館は去る3日から開館しました。新春早々から大勢がご来館下さり、「個人立の博物館と聞いていたので小さな博物館と思って来ましたが、建物も内容もすばらしいです。また来ます」「懐かしさに感動しました」など、来館してよかったと喜びの言葉を再三いただきます。先日は朝早く来館されたご夫妻が閉館までおられ、「一日中いても見飽きませんでした。楽しかったです」と嬉しいお礼のお言葉をいただきました。
■また去る7日には、読売テレビ18時からの番組「どうなっten姫路編」で姫路城・セントラルパークと共に当館が紹介され、石田靖さん・若一光司さんらが来館、遊びのコーナーでコマを回していただきました。テレビで見たと来館される方も多く、新年早々明るいスタートになりました。

■当館は今年、開館45周年を迎えました。1974年11月に新築した自宅の一部を展示館に、1963年から私が各地を歩き収集した5000点の資料を公開するために井上郷土玩具館として開館しました。当時、私は山陽電鉄神戸本社に勤め、広報誌「山陽ニュース」の企画編集を1971年 から一人で担当していました。私鉄のPR誌では異色の文化性の高い内容だと高い評価を頂き、1984年に館の運営に専念するため45歳で退職するまで二足のわらじで頑張れたのは、理解ある上司のお陰でした。昨年末、日本博物館協会の特別表彰を受けたことで、故人になられた2人の上司と収集のご指導をいただいた灘高校橋本武先生のご霊前にお供えをさせていただきました。私が今日あるのは温かな目で私を見守ってくださった方がおられたからです。

■私は今月25日で満80歳です。24歳から収集をはじめ、展示施設を作ったのが35歳。評価されずに失われようとする子どもや女性の文化遺産を後世に遺すという使命感に燃えました。1990年頃まではこれからは文化の時代だといわれ、将来に明るさが見えたのです。しかし90年代末期から貴重な資料を所蔵する民間博物館美術館の閉館が続きます。最近ショックだったのは北海道の国際染織美術館が2016年12月に休館、東京の原美術館も来年12月で閉館すると知りました。入館者減による財政難からですが、訪問したことがあるすばらしい美術館で本当に残念です。

本日撮影の外観(左から4号館、3号館、1号館、2号館と並ぶ)


■当館も1997年以降入館者の大幅な減少(年間6万→1.6万人)が続き、本来なら閉館になるところでした。ちりめん細工の材料の通販事業 や資料の貸出し料、印税などに支えられ、45年間赤字を出さずに来たのです。先般、博物館運営に詳しい専門家から「公的支援のない民間博物館が、45年間も赤字を出さずに運営できたのは奇跡ですよ」と言われました。
■当館はその方針と収集の時期に恵まれ、さらに貴重な資料を寄贈いただいたこと、優秀な学芸員のお陰で玩具博物館としては国内だけでなく、世界でも屈指といえる内容になりました。先日もアメリカから来館された方が、こんなすばらしい玩具博物館はアメリカにはないと嬉しい言葉を賜りました。
当館が所蔵する資料を社会の財産として後世に遺すにはどうすべきか、いろいろ思い悩んでいます。その一案として一般財団法人化の提案があり、去る12月16日に有識者の方にお集まりいただき第1回の会合を開き、一般財団法人化を進めることになりました。

■当館は1989年に6号館新築後、膨大な資料を所蔵することから1号館と6号館の2館を企画展会場として、所蔵品による企画展・特別展を季節毎に開催してきましたが、1号館は現在開催中の「世界の伝承玩具展」終了後は平成時代が終わることを踏まえて当分の間、新常設展会場として3月22日から「昭和・平成おもちゃ文化史」展を開催いたします。2号館を含めて昭和初期から90余年の玩具の歴史を追う、懐かしい玩具と出合える楽しい展示です。6号館の展示も近年は高級な衣装雛の展示が続きましたが、4年ぶりにそれらと共に、青森から沖縄まで、全国各地で作られた土雛や張子雛、それに押し絵雛など郷土色豊かな雛人形を展示する「雛まつり~まちの雛・ふるさとの雛」を2月2日(土)から開催します。このような内容の雛展は全国でも珍しいと思います。どうぞご期待下さい。(井上重義)

大分県日田市の押し絵雛

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