日本玩具博物館 - Japan Toy Musuem -

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学芸室から 2023.11.23

太陽でつながる世界の造形

先週土曜日の午後、ウクライナ出身のナディヤ・ゴラル女史(神戸学院大学客員教授)をお迎えして、同国伝承の「モタンカ人形」のワークショップを開かせていただくことができました。「モタンカ」とはウクライナ語で「巻く」を意味します。モタンカ人形作りにおいては、針は用いず、出来るだけハサミで切ることもさけ、家族の思いがこもった古い刺繍布や古裂などを巻いたり結んだりして作り上げるお守り人形です。顔に十字を描いた不思議な人形について、ウクライナの方々にお話を伺ってみたいと思い続けてきたのですが、当館スタッフがいくつかのご縁をつなぎ合わせてくれたことで実現し、とても嬉しい時間となりました。

ナディヤ先生のご指導で参加者が作ったモタンカ人形

ナディヤ先生のお話によると、顔の十字は、キリスト教の十字架ではなく、❝車輪のスポーク❞を表しているといいます。転がる車輪は、空を移動する日輪=太陽の象徴。モタンカ人形は、目から悪霊などが入ることを畏れて、顔に目鼻を作らず、その代わりに、太陽を象徴する十字を糸で描くのです! 日本の「這子(ほうこ)」のように、かつては、乳児の枕元や揺りかごのなかに置かれていました。遊び相手ではなく、太陽の霊力によって魔を除け、赤ん坊を守護する人形なのです。さらに、モタンカ人形には、家族の幸せ、病気の治癒、降雨の祈願など、様々な願いが込められてきたのだと。

乳幼児の守りとなる「這子(ほうこ)」—日本のぬいぐるみ人形の元祖といわれます

当館は、1982年に東京で開催された「ソ連の人形と玩具展」の図録を所蔵しており、その図録のページを繰る度、ジョージア(グルジア)の人形の写真に惹かれ続けてきました。それらは古裂や糸、綿を用いて作られたエキゾチックな人形で、人形たちの顔には、糸によって菱形や車輪のスポーク形の線が描かれているのです。ジョージアの人形もまた、ウクライナのモタンカ人形同様、太陽の霊力を得たお守りなのでしょう。

ジョージアの人形「ソ連の人形と玩具展」(創価学会平和委員会・ソ連文化省主催)の図録より

車輪のスポーク形が日輪を抽象化した模様であるとすれば、シベリアに居住する北方諸族が伝える手まりもまた、太陽を象徴するものでしょう。筆者の愛読書『シベリア民族玩具の謎』(アリーナ・チャダーエヴァ著/斎藤君子訳/恒文社・1993年刊)に、美しいイヌイットの手まり「アンクアク」やチュクチャの手まり「ケプィリ」が掲載されています。彼らが伝える手まりは、フイリアザラシの皮をトナカイの腱で縫ったもの。チャダーエヴァ女史は、これらの手まりにまつわる興味深いイヌイットの民話を採集し、著書のなかで紹介しています。要約すると・・・
―――昔々、悪霊トゥンガクたちが大空から太陽と月と星を盗み、それらを小さなまりに変え、住まいのなかに隠してしまいました。この世は真っ暗闇。生きとし生けものは皆、困り果てました。ひとりの勇敢な男の子が立ち上がり、命をかけてまりを悪霊から奪い返しました。男の子がまりを大空に放つとこの世にまた明るい光がよみがえったのです。―――

手まりは光を象徴するもの。家を守り、家人の健康を見守るもの。寝間の梁や炉のそばにつるして、持ち出すことはもちろん、手に触れることが禁じられていました。誰かが病気になったときだけ、手まりを病人の身体に少しだけ触れるように転がします。天体が天空を転がり、大地の病めるところを取り除いていくように、まりが患部をいやしてくれるとイヌイットの人たちは考えました。やがてまりは、この世を去るものが小さな子どもたちに託すお守りとなり、呪術的なお守りを経て、遊戯の世界へやってきたのです。
そのアンクアクには太陽光線を表すような円形が、ケプィリには車輪のスポーク形とも思える十字の模様が作られているではありませんか!

シベリア北部に居住するチュクチャの手まり「ケプィリ」とイヌイットの「アンクアク」——『シベリア民族玩具の謎』(A・チャダーエヴァ著/斎藤君子訳/恒文社・1993年刊)より ーー非常におもしろい書です。

現在開催中の「世界のクリスマス*喜びの造形」に展示しているリトアニアの毛糸細工に「サウリーテ(太陽)」と呼ばれるオーナメントがあり、12月9日のワークショップで取り上げようと計画しているのですが、これもまた十字あるいは六角形を構成するスポーク形を基本としています。

ワークショップ見本に筆者が試作したサウリーテ

さらにふり返れば、今夏の「メキシコと中南米の民芸玩具展」に展示し、ワークショップのテーマとして取り上げたメキシコ・ナヤリト州のウィチョルの人々が伝承する「オーホ・デ・ディオス(神の目)」も、十字を基本として造形していくものでした。メキシコの最高神は太陽であったことを考えると、神の目は、太陽の目ということなのかもしれません。シンプルにして奥深い十字、その造形の世界的なつながりと、人類の祖先たちが天空を転がる日輪(太陽)の偉大な力を讃え、頼みとしてきたことに感動を覚える晩秋です。

そのような感動のなかに、筆者もモタンカ人形作りを体験したくなり、手元の布やハンカチ、刺繍糸などを用いて手づくりしてみました。不思議な造形ですが、かわいらしく思えてきますね! 思いのこもったウクライナの刺繍布を入手できれば、前掛けを着せ替えたいと思っています。

筆者も作ってみました!

(学芸員・尾崎織女)

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